瞑想をする目的には二つあります。

1つは、パワーを獲得して奇跡を起こすための瞑想。もう一つは、ルポン(解脱)のため:深い意味での自由を得る(生まれ変わらなくてもいい)ための瞑想。

この2つは、意味・目的が全く異なる別のものです。ルポンのためには、少なくともシンハー:五戒(殺すな、酒飲むな、嘘つくな、物盗るな、性的関係)を守らなければなりません。

パワーを獲得して、奇跡を起こすためならば 、シンハー:五戒を守らなくても、目的を達成することは可能です。シンハー:五戒を守るならばホワイトマジックの方向に、シンハー:五戒を守らずどうでもいいのであれば、ブラックマジックの方向に別れていきます。

シンハーを軽んじる人がパワーを得ようとしたら、ほとんど全てブラックマジックにいきます。パワーを獲得することは、善い悪いではなくて、誰でも出来ます。しかし、シンハーを守らない人が、パワーを獲得すると、とても危険です。バッドスピリッツの世界を歩いて行くようになります。死んだ後、バッドスピリッツと一緒になって、もっと危なくなります。生きていても危ないし、死ぬともっと危なくなります。このことを勉強するときにはシンハーを守ることが大切です。

パワーを発揮するということは、自分が持っている四つのエレメント(火、水、空気、地)を操ってパワーにするということです。四つのエレメントはそれぞれパワーの種類が異なります。

洞窟のプジャでよく使うのは火のエレメントです。ヌガンユガンは溶けて出てきます。鉛と錫が多いようですが、この金属が融けるには、数百度以上の熱が必要です。鉛と錫が多いようですが、この金属が融けるには、数百度以上の熱が必要です。しかし、洞窟の中の火の気はロウソクが何本かあるだけで、物理的に無理です。

Jitを使って、火のエレメントを使います。火のエレメントは太陽と同じ力なのです。ロウソクの火を見て、誰の顔を見ても火に見えるように練習します。しかし、そのままだったら良くないので、先ずコントロールできるようにします。火は人間と同じように、自由にいろいろな所に生きたがります。誰の顔を見ても火に見えるのは火が人よりも優っています。火のエレメントが大きくなり過ぎたら、水のエレメントを呼んで小さくしなければなりません。しかし、火は消えてしまい、火のエレメントは無くなってしまいます。もう一度最初からになります。

では、どうしたら良いか?火が目の前で大きく出来たら、Jitで小さくします。小さくした方がパワーが大きくなります。小さくした時のフィーリングを覚えておいて、必要な時に出して使います。エレメントを保管keepするところは、オデコにしかないように思えますが、パイプのような形で、前頭部から後頭部の方に移動して保管されます。

 

この感覚を覚えておいて、取り出します。洞窟のプジャでこのやり方でやるとパワーが出ます。

神様のドアが開く時に、火のエレメントを準備しておきます。神様のドアが開いたら、そこに洞窟のエレメントが集まります。プジャリーのJitによる火のエレメントの通り道に洞窟のエレメントが来た時だけ、プジャリーが火のエレメントを送ってミックス出来ます。この時に仏像などの形をコントロールして、フタをします。すると物質化して落ちて来ます。

神聖物は小さいけれど、火のエレメントを使って、太陽のような力を出して、物質化させます。だから、一瞬にしてヌガンユガンのように金属が融けたような形になります。

しかし、不思議なことに、この火のエレメントは非常に熱いけれど、水を沸騰させることはできません。ただし、洞窟の神様のことは良く出来ます。普通のことは出来ないけれど、特別な道の勉強です。

なぜこの火のエレメントは普通の世界で使えないのか?

純粋な火なので、神様の関係の世界でしか使えない。人間の世界で使うものではない。皆さんもこの純粋な火のエネルギーを使いこなせることが出来たら、先生と同じことが出来ます。

それでも神様の世界だけでなく、人間の世界でも使える方法があります。Jitを使ってやるのではなくて、目を使うと出来る様になります。目をスーリヤにします。今はもう出来る人はいませんが、パームリーフブックに書いてあります。(パームリーフブックとはヤシの葉に、古代の聖者たちが神から獲得した叡智を書き記し、本にしたものです。中に書いてあることも凄いのですが、ただ持っているだけでも凄い力があります。日本には本といえるほどのものはなく、パームリーフが5枚だけ正倉院の宝物殿に重要文化財として、保管されています。先生は、世界最大級のパームリーフブックが何個もあります。玄奘三蔵法師は、このパームリーフブック【経典】をインドに取りに行ったのです。)

しかし、ただ読んだだけではわからないように書いてあります。一行書いた後、別の内容になり、続きは後の方に載っていたりして、簡単にはわかりません。パームリーフブックの中身はトップシークレットなので、簡単に教えてはいけません。また、いくら教えても徳分がないとそのことを学ぶことが出来ません。ただ、先生はこのような叡智が世界にあるということを教えたいだけです。このことは大切なので、将来に残したいのです。

目のスーリヤを勉強して、火を起こすことに成功したら、たとえ一本のローソクと同じ程度の強さでさえ、周りの悪いものは、全て無くなります。そして、成功した人の人生は、死ぬまで明るくて良いものになります。もし、先生がローソクに火をつけて、人生が大変な人にあげたとする。そして、その人がその火を消さずに、24時間、何年もずっと燃やし続けていくと、人生はとても良くなります。

これは、インドのシルディババのテンプルでドゥアルガマイとして、火を燃やし続けているのと同じです。長く燃え続ければ続けるほど、パワーが強くなります。(この火の灰は、ビブーティーとして、参拝者の健康や人生のために分け与えられています。参拝者はホーリーなものを購入して、この火の中に入れて灰にします。)

しかし、他の人に火を分けてあげると、パワーが減ってしまいます。

これから勉強する人たちにとって目スリヤーは、現実的ではないので、ローソクの炎でトレーニングを始めます。炎を少しずつ(燃えるもの)を大きくして、最後にサンライズの時の太陽をダイレクトに見ます。しかし、太陽を直接見ると、目がダメになります。水面から昇る太陽を見ます。UV Radiationをカット出来ます。じっと太陽を見つめます。

マントラ(伝授は口伝となります。)

目を閉じて太陽の残像ニミを見ながらマントラを唱えます。はじめは、ニミの見える時間は短いが、トレーニングが進むと長くなります。ローソクも同じですね。太陽はファイナルステージです。

皆さんは、先生がパームリーフブックの叡智を読んで学んだり、いろいろな方法を苦労して試した結果を簡単に聞くことが出来て良かったですね。先生は今はもうローソクは使いません。太陽の瞑想だけをしています。

皆さんはスタートしたばかりですから、ローソクの瞑想法から教えます。

まず、蜜蝋のローソクを準備します。なぜ蜜蝋か?

ハニーの中に特別なパワーが隠れています。昨日の絵で説明した東向きの面に出来た蜂蜜ならば一番力が強い。蜜蝋のローソクがなければ、普通のローソクで構いません。しかし、蜜蝋の方がパワーがあります。

重さ1バーツサイズのローソク(スーパーに売っている10~15cm)

火の位置が目の高さにくるようにする。腕をまっすぐに伸ばしたぐらいの距離(手首から手のひらぐらいまでの長さ)に置く。

炎の上下(先端と芯)は要らない、真ん中だけを見ます。

ずっと見つめてから、目を閉じても炎が見えるようにする。目を開いても閉じても同じように見えるようにする。もし、目を閉じても黒い残像が見えたら、危ないので、見ないですぐに炎を見て下さい。濃いオレンジ色か赤い色などの色が残れば一番いい。黒(グレイ)は良くないので、目を開いて下さい。炎の周りに黒い縁取りのあるのは問題ありません。

目閉じて炎が見えている時にマントラを声を出さずにJitで唱える。(太陽の時も同じ)

ローソクの芯を見てはダメです。

1バーツ→3バーツ→9バーツ  だんだんと大きなローソクの炎を使います。

部屋の中は、真っ暗にしてローソクを見た方が見やすいです。

瞑想をやっていき、目を閉じても炎が見えるようになると、お化け、スピリット、神様が炎の中に見えるので、やって来たのが自ずと分かるようになります。

炎を見るトレーニングには方位は関係ありません。太陽は別ですが。苦手でも頑張って下さい。見たいと思うと炎は見えないが、どうでも良いと思うと、できることがあります。ローソクを使ってJitを静かにする練習をしましょう。出来るだけ、人のことを考えずに静かに見ましょう。

 

 

 

投稿日:2017年04月11日(火)


今の日本人が一番カルマを積んでしまうことは、食べることです。そして、酒を飲むことです。これが基本的で、最も大きなカルマになっています。殺さずに食べることができるベジタリアンになりましょう。酒を飲まないようにしましょう。皆さんが周りの人を一人でもベジタリアンに出来たのならば、その後の生涯で相当数の動物(牛、豚、鳥、魚)を殺さずに済みます。皆さんがその動物たちの命を救ったことになります。大きな法施です。難しい真理を説くことと同様に立派な法施になります。酒を飲むとバッドスピリッツがはびこるようになります。ギャンブルもやめた方がいいです。

Q 酒は百薬の長であり、一杯ぐらいは飲んだほうがいい。そのくらいならば酔わないし、一滴も飲まないということまでやる必要はないと言う人がいます。

A その人の魂の成長発達がそこまでであるということです。今世で学ぶ権利がどこまであるかということです。また、今世の目的がカルマを積むことである人もいます。皆さんは周りの人に法施をすべきですが、従わせる必要はありません。お釈迦様が酒を飲まない方がいいと教えてくれたことを伝えるのはいいですが、論争する必要はありません。インドのシルディババも「議論は無意味なので、議論は絶対するな。」と言っておられました。

Q 人類は世界中で一日に20万人ずつ着実に増えています。人は死んでも魂は生まれ変わっていきますが、世界の人間の魂の数は増えているのでしょうか?

A 動物からはじめて人間になる魂が加わるので、大丈夫です。

Q お母さん(両親)を使うと〈文句を言っただけでも〉カルマになると以前教えていただきました。先生を使ってもカルマになりますか?そのようなことを考えただけでもカルマになるでしょうか?

A 先生を使うということは、カルマになりますが、目的動機が大切です。教えてもらうために、デモしてもらうのは良いですが、イジメるためにあれやれ、これやれはカルマになります。単純にわからないことを知りたいということは、カルマになりません。ただ、何をしたらカルマになるか、ならないかということはきりがありません。大切なことは、シンハー戒律をしっかりた守ることです。プラプッタジャウがおっしゃられていることでもう一つ大切なことは、親の恩、先生の恩をはじめ、友人の恩をすべて返さなければなりません。生まれる時にも恩があります。ひとつでも忘れてはダメです。忘れるとカルマになります。

インドのクリシュナはバガバットギーターの中でこう説いています。「行動の動機が最も大切である。人間は結果について求める権利は与えられていない。」

例えば、上司が部下を叱る時、仕事を失敗した事を叱るべきで、部下の人格を叱ってはならないと言います。これは、叡智の丸反対で結果を求めていることになります。失敗に至った理由を詳しく見てみると、育った環境や教育や世界観や考え方などで、出来上がったその人の人格がわかってきます。結果を叱るということは、結果を求めていることになります。だから、失敗して、叱るとしたら、人格を叱るべきです。結果がどうなるかは、私たち人間に権利が与えられていません。飛行機に乗ったら絶対に安全に目的地に着くと思い込んでいます。だけど飛行機が何らかの原因で墜落して家族が亡くなると、亡くなったという結果に対して文句を言って、補償だ、どうだこうだと言います。しかし、失敗した動機を探っていくべきです。人格に問題があったかもしれない。世の中、失敗したら結果ばかりを責めるような風潮になってきました。

ゼロ戦でカミカゼ特攻して、敵の兵隊を殺しました。これは徳分でしょうか?カルマでしょうか?非常に難しい問題です。いろいろ複雑に絡み合うわけです。この行為に及ぶ動機がどうであったかが問われてくるわけです。

また、お母さんは恩人です。それなのに、例えば若夫婦が自分の子供の世話をさせるのに、お母さんを使ったらカルマになります。

Mさん;「私は、7歳の時に母親が自分を捨てて家を出て行ってしまいました。母親は今生きているか死んでいるかもわかりませんが、母親に生んでいただいたことの感謝として今日タンブンをしました。今までは怨みは捨ててしまおうと思ったけれど、心から感謝する気持ちにはなりませんでした。今日のお話、千手観音の物語を聴いて、心の中がスッとして、感謝する気持ちになりました。生きていても、死んでいても徳分をあげることができるのですね。」

インドでは、プライオリティー優先順序が次のように説かれています。

1、母親  2、父親  3、グル  4、神

人は成長して神のもとに至らなければならない。しかし、何と言ってもまず、生んでもらわなければ自分が存在できません。次は父親です。グルがいなかったら神のことの勉強ができません。神への道がわからずに遭難します。そして食べた最後が神です。ところが、神のため、グルのためと言って、どこかの施設に入って修行する。親が「帰って来いー!」と言っても蹴飛ばすシーンが過去の事件を起こした教団でありました。親を大切にできない人間がどうして神を大切にできるでしょうか。神様だけが大切だという人は、何も神様のことを学んでいません。

スピリチュアリティー(霊性修行の道)とは、手に入れる事では、ありません。どれだけ供物として捧げられるかです。アメリカの西海岸を中心としたニューエイジ運動がありました。自分の心が豊かになる、気持ちが癒される、精神的に得るものがあるということが、スピリチュアリティーだと広がりました。しかし、これは勘違いです。インドでは、自分のものを捧げるスワハが最も大切です。捧げることがスピリチュアリティーです。「あなたは、ありのままはの自分でいて良いのです。」と言って人を集め、成長せずにそのままでいて良いですというのは、魔神のささやきですよ。今の日本においては大問題です。イエス様、お釈迦様をはじめとして、あらゆる聖人は、勉強しなさいと教えています。

性同一障害のカルマ:「ありのままの自分で良い。」男に生まれてきたのに、なんで女の格好をするのでしょうか?

過去世で相手の自由を強制的に奪い、ひどい目に遭わせた。(例えば、相手を閉じ込めてレイプし、殺したかもしれない。)だから今世で自分自身が自由にならない。同じ目に遭うのです。自分の性に違和感があるのです。たとえ性転換手術をしたところで、一生このことは変わりません。カルマ解消のために、来世のために、今世で苦しむ必要があります。(インドで男が女の格好をしていたら、親に殺されます。イスラムでも同じです。)だったら、性同一性障害を苦しむな、ありのままでいて良いと、成長やカルマ解消の本質を妨げるべきではありません。真理を求めずに一時的な心や感情に働きかけると、人が寄り集まって流行ります。そしてお金が儲かります。そのためにやっているんです。真理は人の心の丸反対です。食べるのは生きていくために食べるのであって、楽しむためではありません。酒飲むなも同じです。

 

投稿日:2016年02月17日(水)


ここではタンブン(神の徳分)をブン、タンタン(人徳)をタンと省略して記載します。2つは内容が全く異なります。タンブン、タンタンの前半のタン自分のものをあげるという意味です。

ブンは死んだ後も役に立つ、来世のための貯金です。タンは物理的なことなので、今世に関係します。食べていくこと、生活などの人生がよくなります。ブンは来世も今世も両方よくなります。来世のためだけにブンを得ようとすると今世がダメになります。ブンとタンは両方大切です。目の前にチャンスがあれば、ブンであれタンであれ、やることが大切です。

インドの乞食がサイラームと言って追いかけて来たとします。しつこく追いかけて来て、手を差し出すので、仕方なく1ルピーあげます。これは神の徳分になるでしょうか?また、ナホトカ号が沈没して、油が流れ出し海が汚くなった。ボランティア活動に参加してきれいにした。これは徳分になるでしょうか?日本人の根本的な誤りがここにあります。インドの乞食にご飯をあげるのはタンです。しかし、タイのお坊さんに托鉢でご飯をあげるのは、ブンです。タイのお坊さんが托鉢をする目的は、在家の人たちに徳積みの機会を与えてくださるのが仕事です。お坊さんは自分が食べたいから、御飯にありつくために、朝、托鉢にまわるわけではありません。海岸が汚れて、ボランティア活動に行くのは、ざっくり言うと徳分ではなく、タンになります。日本では、これを分けて考えていく概念がないために、すべて徳分と思ってしまっています。自分が行った行為が、神の徳分ブンになるかタンになるのか、分けなければなりません。お腹を空かせている人にご飯をあげるのは、ブンになるよりもタンになって、今世生きていく上で自分自身に食べるものに困らないという恩恵が帰ってきます。人助けをしたら、回り回って人から助けられるでしょう。とても良いことです。ところが、神のための行為を行った場合には、ブンになって、非物理的存在からの恩恵が得られます。ひとつの行為にはブンとタンが入り混じることのほうが多いかもしれません。このために、分けて考え難いかもしれません。しかし、放生は純粋なブンになります。今まさに殺されようとしている魚を、買ってきて、川に流して助けてやる行為です。これは全く人のためになる行為ではありませんし、恩返しも期待できません。日本人にはよくある事ですが、善良な人たちは、人のためになる事をしようと考えます。そして、人のためになる事が徳分であると勘違いしています。人のためになる事はタンです。ただし、人のためとは言っても、人の魂の成長のためになる事はブンになります。

逆に魂の成長の邪魔をする行為はカルマになります。例えば、この天の扉開きツアーに参加することは、魂に関する事の学びができます。しかし、そのことを理解しない周りの者は、皆さんがツアーに参加することに反対するかもしれません。その場合、人間的には反対を押し切って参加することは良くないことかもしれません。しかし、皆さんは観光旅行にきているわけでもありませんし、非常に深い、それどころか、これ以上に深い学びをできるところは全世界にないと言えるほどのツアーであると確信しています。それだけの深い学びを魂が求めて、ここに来たわけです。自分の感情ではなく、縁によって来たわけです。それを邪魔する者はカルマになります。反対する相手のいうことを聞いて、ここに来ることを止めたら、相手にカルマを積ませる事になります。それは、本当の意味で相手のためにはなりません。

職業が医者、ヒーラーの場合には、直接的に関わることができます。魂の成長のためには、健康が第一です。健康が害されて、先生のノドがつぶれたら、皆さんの勉強がかなり遅れます。しかし同様に、せっかく末期がんの患者を治してあげても、とめるのも聞かずに、その人が酒を飲んだり、肉を食べたりしたら、動物たちを殺す手伝いをしたことになります。ヒーラーが病気を治してあげる場合には、カルマを積まないように、説明しなければなりません。何をたもって相手のためになるのか良く考えなければなりません。

Q タンブンの木は、木の枝にお札を葉っぱのように挿して立てます。お寺の寄付はこのようにして集めますが、タイでも盗る人はいますか?

A 賽銭泥棒は大きなカルマになります。このことをよく知らない人、怖くない人、信じない人が盗みます。

タンブンとタンタンのことをよく理解したら、戒律を守らず、職業として仕事をしている日本のお寺に寄付することは、避けるようになるかもしれません。人の心を慰めるのが目的なので、タンタンに近くなる可能性があります。戒律を守り、人生として、お坊さんになることを選び、魂の成長を目指しているタイのお寺に寄付して、自分の行動がタンブンとなるように選ぶかもしれません。 

お金はあの世に持って行けないとは言いますが、自分の財産や遺産をお寺に寄付したり、今まさに殺されようとしている、動物たちをお金を出して買い取り、放生して救うことは、ブンとなって、自分の来世を助けるでしょう。自分の資産を多少なりとも子孫に残すことは、タンとなり人間として必要なことですが、ブンとタンの比率についてはよく考える必要があります。

Q 親からもらった遺産を親の名前で寄付することは、故人のブンになりますか?

A 親が亡くなった後の親孝行になります。これ以上の親孝行はありません。親の名前で寄付することは、生きているうちにやってあげても良いことです。

相続で悩んでいる人は多いです。欧米では、社会的に成功を収めたレベルの高い人たちの場合、子供にすべてを譲るのではなく、自分の資産の多くを自分の思うところに寄付して隠遁生活に入る人が多いです。ところが、日本人の場合には、ほとんどの財産を子供たちに譲るため、相続税対策に知恵をしぼるだけで、死んだ後のことを全く考えようとしていないのが現状です。寄付しようとする習慣もありませんし、指導書もありません。このようなことは、インターネットや書籍を出版して、多くの人に知ってもらうべきです。これは法施になります。

お金のある人は物施をしましょう。体力のある人は体施をしましょう。

優先順序は、法施、物施、体施です。(お坊さんが法施します。)

遺言とは、残された子供たちがどうしたらいいか、どうすべきかということを伝える言葉です。お金だけをあげることではありません。喧嘩のタネまで残さないように。

Q 孤児院の子供を引き取って、育てたらブンになりますか?

A ブンとタン両方になります。ただし、神の世界を学ぼうとする人は家族を増やさないほうがいいです。家族が増えると煩悩が増えます。

 

投稿日:2016年02月16日(火)


このブログは天の扉開きのツアーにこれから参加する人とツアーに参加した人の復習のノートです。先に魂の成長1~3を読んでおきましょう。

昨晩はたくさんの神聖物が出現したので、それらの説明をします。

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ヌガンユガンの仏像が2つくっついているが、割れているのを見ましたか?昨日は他所の洞窟のJitを呼び寄せました。しかし、その元々のJitではないので、上手にコントロールすることができないために、ひとつひとつが完璧な形ではなく、くっついた形で出てきてしまいました。

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昨晩は、あるプラポーディサからヨッグワンインという特別な白いギャオをいただいたので、これからそのプラポーディサのlast life(テワダーになる前の人間としての最後の人生、過去世)の事を話します。

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中国の王様の家庭にこのプラポーディサは生まれました。王様である父の名前は、ミンジュワンといいます。娘が三人いました。長女はミウイン、次女は◯◯、三女はミヨサン(主人公のプラポーディサ)。父は王様であり、仏様を一切信じない人間でした。三女のミヨサンは小さいときから仏様に興味があり、父とは反対でした。彼女は大きくなって、父に出家したいと言いましたが、父は反対しました。彼は、三人の娘を他所の国の王子と結婚させようと考えていました。ミヨサンが出家したがるので、父は早く結婚させて、その国の王家と強い国同士のつながりを作りたいと思っていました。ミヨサンは出家したいので、苦労しても結婚したくないと父と反対のことをいいました。父はそれを聞いて大変怒りました。彼は娘に厳しい仕事を強制して、耐えられなくなったら言う事を聞くようになるだろうと考えました。そこで、まず宮廷の侍女たちの掃除などの仕事をひとりで全部やるように命令し、イジメました。彼女は一生懸命に侍女の仕事をしました。ひとりで宮廷すべてを綺麗にすることは、まず、無理なのですが、彼女にはテワダー(神の使者)がついているので、完璧な仕事になりました。父はそれを見て、自分の思い通りにならないのはマズイと考えました。そこで、ジャングルの中の寺院に行かせました。寺院にはメーチー(尼さん)がたくさんいました。そして、寺院のメーチーの仕事をすべて一人ででやらせる様にしました。しかし、テワダーたちが助けるので仕事は完璧になります。メーチーがミヨサンの父である王様に「すべての仕事を完璧になさっています。」と言いました。彼はそれを聞いて、娘は王女なので、遠慮してメーチーが嘘を言っていると思いました。彼は非常に怒り、寺院に火をつけてしまいました。メーチーは全員焼け死にました。ミヨサンだけが、テワダーの助けにより、生き残りました。今度は父である王様が直接、軍隊を差し向けて、殺そうとしました。兵士がナイフで刺して、殺そうとしましたが、ナイフが折れてしまい、刺すことができませんでした。父である王様に軍人が「ナイフで刺し殺そうとしましたが、ナイフがすべて壊れてしまい、殺すことができませんでした。」と報告しました。彼はあり得ないことだと怒って、彼らを殺してしまいました。父である王様は、ナイフがダメであっても、首を絞めれば確実に殺すことが出来るだろうと考えて、軍隊に彼女の首に縄を縛り付けて吊るすように命じました。ところが、首に縄を縛り付けて、吊り下げようとした時に、縄が切れました。ちょうどその時、巨大な白いトラが来て、そのトラの背中に落ちてしまいました。そのトラはミヨサンを背中に乗せて、どこかに連れ去りました。父である王様はそれを見て、そのトラが彼女を連れ去って食べてしまい、とうとう死ぬことになるだろうと思いました。ところが、トラはテワダーの化身でした。トラが山の頂上に行ったときに、もう1人のテワダーであるおじいさんがいました。おじいさんはミヨサンにダルマ(仏法)や瞑想を教えました。ミヨサンはアラハン(最高の悟りのレベルに達した聖者)になりました。そうしているうちに、長い年月が経ちました。ミヨサンの姿かたちはあまり変わりませんでしたが、父は年老いて、病気になっていました。ミヨサンが瞑想して、自分のJitを出して父を見てみると父の病気はかなり進行していました。彼女はJitの力を使って父の病気を治そうとしました。しかし、それには非常に強い力とエネルギーが必要でした。彼女は視力を失い、手も失ってしまいました。そして、父の病気は治りました。彼女はダルマの勉強をしていたので、自分をこの世に生まれさせてくれた親の恩を返さなければならないことを知っていました。ところが、このことで彼女は徳分を得たのです。手を失った彼女に千本の手が生えてきました。目も見えるようになりました。千本の手は、二本だけを見えるようにもできますが、必要なパワーに応じて必要な手を出します。ミヨサンに寿命が近づいたときには、彼女はすでに仏様と同じニッパンに行くことが出来るレベルにいました。しかし、テープ・プーサンと話し合い、自分だけがニッパンに行って自由になることは選ばず、この世には救いの手を差し伸べなければならない人や動物がたくさんいるので、この世に留まっていたいと思いました。だから、プラポーディサ(テワダーの16段)のレベルのままでいます。千手観音は仏様プラプッタジャウと同じレベルの唯一の存在といえます。中国だけでなく、地球すべての人をお守りしています。

昨日は儀式で千手観音は特別にお呼びしてないのですが、プラポーディサと同じ道を歩んでいる私たちの先生のところにたまたま来てくれました。プラポーディサは完璧な不殺生を実行するので、小さな虫一匹殺しません。尊敬すべきお手本となります。そして、皆さんにこのようなことを勉強させる先生の証として、この白いギャオを使うように授けてくださいました。

昨日のプジャは、ほぼ完璧でしたが、この仏像は少し形がつぶれています。外からJitを呼び込んで形を作るので、本地のところがうまくできませんでした。皆さんは協力的で尊敬があり、完璧でした。このギャオには宇宙のリングがマークされており、そのパワーがあります。後方の参加者の頭の上にパワーを感じました。そして、ギャオが落ちてきました。穴などがあって、忍者がいたり、ハイテクが仕掛けられていたでしょうか?今晩どこの洞窟に行くかは、まだ決まっていません。

昨晩はたくさん神聖物が出現しましたが、今晩行くところは直前まで、決まりません。洞窟は自然にできたものなので、当たり前ですが、それぞれ異なります。昨晩の洞窟は天井がそれほど高くないし、穴も有りません。怪しい考え、疑いが起こりにくいです。ラッカイは天井が高く、穴も多いです。昨晩の洞窟はこの点でとても良かったのではないでしょうか。

昨晩のプジャで黒茶色の影が歩いてきて、供物を食べていたのを誰か見ましたか?H君がワッチャラタートをたくさん見つけたところから出て来て、Bさんの前を歩いて行きました。プジャのとき、ネズミが出て来ることもありますが、生き物である場合とそうでない場合があります。突然壁から真白い大きなネズミが現れることもあります。Jitのプラクティスは大切です。人間の通常見えるレベルを越えて、いろいろなものが見えるようになります。Jitが静かになるように、瞑想しましょう。そしてコントロールしましょう。プラクティスすれば、いつか必ずできるようになります。この形が出てくださいとコントロールした人はいますか?見ただけですか?

それでは、昨晩出現したギャオから説明をしましょう。

ヨッグワンイン:涙形、白。メーター(慈悲)の力。ブレッシングが欲しいときにもらえる。必要な時に恩恵がもらえる。(日本語には神の用語が少なく、人間の心を表現する言葉が多くて、説明が難しい。メーターと覚えてください。)

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テーパーサットラー:金平糖形、紫、茶色。ポポンのブレシング。神からのご加護、恩恵。

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メーカーパッ :涙形、黒。Jitのプラクティスができるようになり、持つ人と一体化すると、風がコントロールできるようになる。神の世界テープからやってきたもの。台風などのプロテクトができる。

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ギャオナーカー:楕円形、青紫。ナカラ(お釈迦様が瞑想している時に守っているヘビ)の力。3つの問題をプロテクトする。持ち主にしか、本当の力がのようなものかわからない。

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バラミーターム:楕円形、緑。タームとはダルマ、法のこと。神の世界テープ、パピカネ(ガネーシャ)からいただいた。叡智を得ることができる。勉強ができる。

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テーパーチャクラ:丸形、茶。テープ神様の第三の目から出現してきたもの。Jitのパワーがもっと増える。

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マニーチョー:楕円形、薄紫。ヒマパンの世界(テワダーの世界の宝物をためておく金庫)からきた。男のテワダーがくれた。

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マニーチョー:ピンク。女のテワダーがくれた。

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ニッパン:楕円形、透明。Jitのレベルをもっとあげる。テワダーの世界から来た。

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ギャオラージャー:楕円形、茶色。王様の意味。自分を慕い尊敬してもらえるようになる。人生がどんどん良くなっていきます。 IMG_0603

 

ヌガンユガン:不整形、銀色。ビジネスが良くなり、お金が入るようになる。イントラ、プロム、テワダーがすべて混じっている。

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スリヤンラージャ:細長、銅色。持ち主が何か思ったら、そのとおりになる。1つだけJitが入っている。ルーシーからもらった。

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チョースリヤンラージャ:塔形、銅色。Jitがたくさん入っているが、スリヤンラージャのパワーは同じ。

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トンパライ:円形〜細長、金色。うなぎのお腹という意味。人生を良い方向に導いてくれる。良性のペタヤトーンからもらった。(悪いペタヤトーンが神聖物を盗んでいく。)

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ワッチャラターッ:細長針状、銀色。自分の願い事がひとつ叶う。プロム、イントラ、テワダーからもらう。

ゴートピー:細長、黒。ニョロの一部。物理的非物理的なものからのプロテクト。

Q昨晩参加者のRさんが触って、折ってしまったゴートピーのJitはどうなっていますか?

A Jitは変わりなくいます。しかし、皆さんにはあげません。細かくして、粘土状にしてから仏像にします。

(注)神聖物は色、形で分類しているのではなく、鑑別する人のJitによって、神聖物の中のJitを確かめて分類しています。

天の扉開き公式ホームページをご参考ください。

投稿日:2016年02月13日(土)


お釈迦様が出家に至る過程など、日本にはほとんど仏教が伝わってきていません。日本人が仏教だと思っているのは、ほとんどヒンドゥーだと思って間違いありません。お釈迦様が教えられた仏教の道には、決して自分よりも外にある神仏に祈願して、何かことを成就しようとするということがありません。タイのお坊さんが出家して、日本のお坊さんと大きく異なるところは、職業がありません。人生が僧侶です。日本のお坊さんは、職業がお坊さんで人生が一般人です。僧侶はそのひとの生き方であって、職業ではありません。

仏教は、歴史的に南方伝来と北方伝来に分かれています。北方伝来はサンスクリット語を基にして、チベット中国を介して、日本に伝わってきました。南方伝来はパーリ語を基にしてスリランカ、タイ、ミヤンマー、ラオスに伝わってきました。北方伝来で有名なのは、玄奘三蔵法師、クマラージュがインドから仏教をもたらしたことです。南方伝来は、シャカの仏教とか上座部仏教と呼ばれています。北方伝来を大乗仏教と呼びます。仏教とはもともと大乗ではありません。自分自身が内にある自分の魂を成長させていくことを目的としたものです。別の人を助けよう、世の中の多くの人たちを助け、救いの手を差し出そうとすることは、仏教ではなくまさにヒンドゥーそのものです。日本の真言宗天台宗といった密教と呼ばれる手法はますます仏教とは離れていきます。ヒンドゥーのタントリックの一部です。日本人はヒンドゥーの様々な手法を間違えて解釈して、仏教だと思ってしまいました。お釈迦様の偉大さが、ヒンドゥーが伝来する時に一緒に乗って来たのでしょう。日本各地に見られる、自分以外の何者かに本願して、救いを求める形は、もともと仏教には、ありません。仏教は仏像を拝むということはありません。

タイでも仏像を拝むことはないのですが、そこらじゅうに仏像があるのはなぜでしょうか。仏像の姿を見て、あの姿が自分の目指す姿だ、目標であると常に忘れずに人生を送るためにあります。プラサーヤム・テラティワットの神様をはじめとするタイにたくさんある像は、仏像ではなく、神像です。タイで手を合わせて拝んでいるのは、神像でテープ(神)ポポン(守る)です。人々に働きかけて、願いを叶えてくれたり、邪悪なものから守ってくれます。このほかにタウエースワンやアジアを治める神々に手を合わせます。皆さんは手を合わせるときに、いったい誰か、どのような、何の神様に拝んでいるのかを意識したほうがいいです。日本人は神社に行っても、とりあえずお賽銭を投げて、商売繁盛と言って手を合わせるだけです。

皆さんは良い意味で選ばれた人たちなので、神様や超越した存在に手を合わせる前に、どのレベルの存在かということまで、しっかり意識しましょう。例えば、この部屋の前にあるスピリッツハウス、ここに祀られている存在は神ではありません。この地域に住んでいるスピリッツを祀っています。今日洞窟の中で手を合わせる存在は、「ジ」融合体、そして神様のドアが開けば神様です。

日本独特の山岳信仰で山伏と呼ばれる人たちが、どのような存在と縁ができているかというと、山などの自然の中で修行すれば、地のスピリッツ、水のスピリッツとの縁が深くなってきます。これらの存在は人間に働きかけてくる傾向があるので、奇跡が起きやすいと思います。これに対し、レベルの高い神々ほど物理的奇跡現象は起きにくくなります。魂は成長して、テワダーを目指すのが正しい道なのですが、テワダーにはならなくていい、神々のルールを守るのは面倒だアウトローで自由でいたいと思ったら、スピリッツになることができます。

シルディサイババ等の高い聖者たち、弘法大師、空海、日蓮聖人などの聖者たちはテワダーの世界に戻らずに、ルーシー(中国で老師と翻訳され、伝えられた?)としてこの世に残っていられます。例えば、百数十年前に活躍したシルディババはサマディに戻られた(亡くなられた)後、この世に残ってルーシーという形で存在して、人々を手助けしてます。ルーシーはテワダーの世界に戻ったら、非常に徳分を積みにくいので、この世に残って、人々のお願い事を叶えてあげて、その人の魂の成長を助けています。このルーシーを多くの方が神と勘違いしています。古来の聖者はルーシーになっていることが多いのです。ごく稀に、ルーシーが個別についている人がいます。例えば、ヒーリングするとき、見守ってくれたり、助けてくれたりします。ルーシーは全世界で八万柱います。世界人口が70億ですからとても少ないですが、ルーシーが全部働いているわけではありません。ごく1部なので、何千万人に1人といった確率だと思います。

皆さんが手を合わせたとき、目の前にいる存在は神、テワダー、ルーシー、スピリッツなどのうちで、どれなのか何なのかを考えながら、拝んだ方が勉強になります。先ほどの話に戻りますが、山岳信仰をする人は山の中に住んでいる自然界のスピリッツとの関係ができて、守ってくれるようになってくると思います。彼らは物理的現象に影響が大きいので、山岳信仰の行者たちが祈祷を行うことで、病気が治ったり、問題が解決したりすることがよく見られます。これはまさに山岳信仰によって、スピリッツが動いてくれるからです。

この方が、どのような事をして、どのような対象と関係性を持って非物理現象が起きているということを、ちゃんと理解することができれば、ありとあらゆる宗教やありとあらゆる神々が何ら敵でなく、それぞれの世界において、その世界に縁のある人が学んでいることが解ります。すべての宗教、思想、「行」は尊重されなければなりません。自分がやっている宗教や考えだけが正しくて、他の人たちを非難するような事をしたら、それは神々の本当の成り立ちを知らないということになります。今、ここで行われようとしていることは、神々の世界の扉を開いて、Jit融合体との関係性において事が成されるということです。話が少し広がりましたので、お釈迦様の出家の話はまた後にします。

タムワンという、先週別の宗教グループのツアーで最初の日にやった洞窟に、今日行くのは、無理です。台風で浸水して危ないし、穴があって落ちるかもしれない。天井が低いので、参加者の頭の上から神聖物が落ちてきました。いいところですが、二つ目に予定していた洞窟にいきます。ニョロが出ます。どこから出るかわかっているので、カメラを向けやすいです。はじめて儀式をするところは、どこから出るかわかりにくいのです。今日は一つ目に予定していた洞窟のJitを二つ目に予定していた洞窟に呼んで、儀式をします。普通は私たちが洞窟にいきますが、そこにはいくことができないので、呼び出します。

なぜこのような事をするかというと、近い将来日本の洞窟で儀式を行うためです。もう練習はしてあります。この方法は来年、仏暦2560年2月クラビの山の頂上でこの儀式を行うだめです。洞窟の中だと何か仕掛けたんだろうと言う人が出ます。だから何もない山の頂上で神聖物を出現させます。皆さんも覚悟しておいて欲しいのですが、ジャングルの中を歩いて山の上に登ります。水、食料、テント、自分の荷物を持って行かなければなりません。山頂で夜を過ごして明け方から儀式を行います。体力、気力、財力が必要です。誰も無理強いはしませんし、行ける人数も限られています。山の頂上にいるJitだけでなく、洞窟にいるJitも呼びます。その時には、地面からニョロが出るかもしれません。

今日初めて天の扉開きに参加する人は、神聖物が欲しいですか?そのような人はもらえません。いらないですか?いらない人はもらえません。もし、いただける準備があって、自分に合うものがあるのならば、授けて下さいとお願いしてください。昨年の1月の第1回のツアーの参加者の中で「私は神聖物が欲しいようなレベルではありません。先生の持っているオリハルコンは私が持つのが相応しいので、それください。」と言ったひとがいました。この人がいたために、3回行われた儀式のうち、1回目は全くひとつも出ませんでした。他にもいろいろなトラブルを起こすので、その人には参加を遠慮してもらいました。それ以後の二回はとてもうまくいきました。

何回も参加している方は、自分が欲しい形をイメージしてください。洞窟のJit融合体が私たちのJitを読んで神聖物を出現させてくれます。お釈迦様でも良いです。難しかったら簡単な丸でも良いです。しかし、フナッシー、ヒコニャンなどの人形の形はだめです。ローソクの炎を見て、その炎の形を目の前に移して、自分の欲しい形に変えると良いです。あまり大きすぎるとだめです。適度な大きさにしてください。

儀式が終わった後、神聖物は全て幕の上にあるわけではありません。そこらに転がっている場合があるので、みんなで探します。先ほど見せた神聖物を良く見て覚えておいてください。探して歩くときに、足で踏んだりしないように気をつけてください。

 

投稿日:2016年02月11日(木)


このツアーは天の扉開きの現象を体験してもらうことが1番の目的です。そして、皆さんが人生の中で最も大切なことが徳積みであることを認識して人生を歩んでいくことができれば、このツアーの目的に沿うことができます。

私たちの先生がサティア・サイババのところに訪ねて行かれた20年以上前のことです。日本人にはサイババのことは、まだ知られていませんでした。現地の人も日本はどこにあるかも知りませんでした。サイババの説く崇高な思想、理念、神の叡智には興味がなく、ただ単に研究者として物質化現象の解明のためにサイババのところに行きました。そこでサイババから直接仏像を物質化現象で出してもらいました。待っている人が何千人といる中で「サイエンティスト、カム」と言われて出て行きました。小一時間ほど2人だけで話をしました。嫌と言う程、手のひらから物質を出現させてくれて、サイヤのテラティワットというタイの有名な仏像をもらいました。そして、仏像を見せながら物質化現象のことを全国で講演してまわったそうです。

それからサイババブームが始まりました。もし、あの時、サイババが崇高な叡智や理念だけを説く人ならば、私たちの先生はサイババのところに行かれなかったでしょう。世界中から何千人何万人も人は集まらなかったでしょう。やはり、現象が大切なのです。目に見える奇跡が世界中の人を惹きつけたのです。熱烈な信者たちはサイババの起こす奇跡現象に目を奪われてはいけませんといいます。彼らはそれでよくても、私たちの先生はそれでは行かなかっただろうとおっしゃっていました。どんなに綺麗事を言っても目に見える物理現象が必要なのです。

今夜行われるプジャで起こる現象は、インドの物質化現象とは根本的に違います。手のひらから出現させる現象は、あらかじめ、出す物を買い置きしておきます。そして、手のひらから出現させるためにはワームホールを作ればいいだけです。

1番大切なことは母親に恩を返すことです。たとえ産んだだけで、橋の下に捨てられたとしても、産んでもらっただけで一生かけても返せないくらいの恩があります。霊性修行の基本中の基本です。それをお釈迦様が教えてくださりました。お釈迦様の母親のマーヤ姫はお釈迦様を産むためにだけ、生まれてきました。そのためマーヤ姫は出産してから五日目で亡くなりました。そして、もとのテワダーの世界に戻りました。お釈迦様は悟った後で、テワダーの世界に行って、真理をマーヤ姫に説きました。マーヤ姫はそれを聞いただけで、神の世界テープに行かれました。これが最高の恩返しです。母の日にカーネーションを贈るのではなく、皆さんが真理を学び、母親に真理を教えることです。もし、両親が病気などで死が近づいていたら、死んだ後どうなるのか、どのようにカルマを地獄で解消するのか、そして生まれ変わることを教えてあげるべきです。

お釈迦様はその後、テワダーの世界・天国から戻って来るとき、イントラの神様が3つの階段を作りました。お釈迦様は、天のドア・この世のドア・地獄のドア(三つのドア)を開きました。お釈迦様の弟子たちは、この世にありながら、3つの世界を同時に見ました。その日が10月の満月の日でした。

この日、コン川(タイとラオスの国境を流れる)で、毎年不思議なことに火の玉が空に向かって上がります。ニュースやワイドショーでも話題になります。タイとラオスの科学者たちが調査研究してもわかりませんでした。しかし、これはタウエースワン(閻魔大王)の寺院とコン川がワームホールでつながるからです。ワームホールはスピリッツが作ってくれます。

しかし、天の扉開きはこれとは違います。無から有が生じています。目に見えない崇高な存在、神の揺るぎない存在を学び信じることができます。魂の生まれ変わりを信じ、そのシステムの中核になっていることが、徳分とカルマであり、徳積みをし、カルマを避けることのために生まれて来たと確信できます。そうすると損得の3次元的物理現象を超えて、非物理現象を確信することができます。魂の成長をさせることができます。

投稿日:2016年02月07日(日)


このノートは天の扉開きツアーに初めて参加する人と、既に参加したことのある方々の復習のために作成しました。神社神道とは、異なると感じられる方もいるかもしれませんが、熟読下さればあらゆる宗教の有り様が理解できます。そして、神社とお釈迦様の重要性が理解できると思います。 

ここでは、人間は肉体と魂で出来ているということに疑いのある人はいないと思います。人間の魂は心室に宿っています。ですから、心臓移植をした場合、ドナーの考え方や癖やちょっとした記憶が出てくることがあります。それは心臓の心室に魂が宿っているからです。しかし、ドナーは、既に死んでいます。多くの方々は、死んだ後、魂は行くべきところに行ったと思っています。それはある意味で正しく、ある意味で全く間違っています。人間の寿命とは死ぬ日のことをいうのではありません。

寿命とは、あの世からの迎えが来る日のことをいいます。あの世からの迎えとはタウエースワン(閻魔大王)の部下達が迎えに来ます。タウエースワンのことは後で説明します。(宮司ブログ2015、7、29〜8.05 肉体が滅びる日と寿命、死後の魂 参照)迎えが来る日=寿命は、この世に生まれて来る時に既に決められていて、何年何月何日までその通りになっています。ですが、決められた寿命以前に亡くなる場合が、ほとんどです。(決められた寿命以後に亡くなった場合には、あの世で計算し直ししなければなりません。)おそらく、平均的に1〜2ヶ月寿命よりも早く肉体が亡びることが多いのでしょう。49日の間、その辺をウロチョロしているということでしょう。完全に肉体が亡びる日にお迎えが来るのは幸運なことです。津波が来れば、いとも簡単にみんな一緒に死にますし、ビルから飛び下りれば即死です。飛行機が落ちてもみんな一緒に死にますが、人生を全うするように決められて来ているのに、これは予定外の死に方です。お迎えの来る寿命の日まで、その辺をウロチョロすることになります。魂が危険にさらされることになるのですが、このことは後で説明します。(宮司ブログ 同上参照)

ところで、人間には、魂以外のもう一つの非物理的存在、「ジ」JITがあります。このことは私たち日本人には全く概念がありません。「ジ」JITは脳の中に宿っています。しかし、生きているうちに、脳の活用が50%以下の場合、死ぬと「ジ」は消滅します。そして、魂だけが残り、あの世からお迎えが来て、地獄に行きます。あの世のことも後で説明します。脳を50%以上使った人は「ジ」が発達して、肉体が滅んだ後、「ジ」が消滅せずに、「ジ」と魂が融合します。そして、自由な存在になります。「ジ」融合体と呼びます。「ジ」が融合しなかった魂には、自由はありません。決められたとおりに迎えが来て、タウエースワンのところで審査され、カルマ解消の場所に連れて行かれて、カルマ解消が終わったら、生まれかわります。この輪から抜け出す事はできません。しかし、「ジ」と魂が融合すると、決められた道を歩む必要がなくなります。地獄に行かずにいろいろな道を選択できます。エンティティーとなる、洞窟の中で静かに過ごす、ルーシーとなって人々を導くなどいろいろな有様があります。「ジ」融合体が存在する洞窟があれば、洞窟の中で、ある儀式を行うと、ある現象が起きます。「ジ」融合体はおそらく、何千年、何万年前の人でした。現代の人間はお金のことばかり、仕事のことばかり考えて、本来人間のやるべきことからかけ離れたことばかりしています。あたかも、そのようなことが、正しいかのように勘違いしています。天才アインシュタインが脳を10%使ったと言われていますが、このような世界、社会では、これが上限です。皆さんは5000キロ離れた日本と瞬時に連絡できます。大昔では、このようなことをしようと、瞑想して肉体から「ジ」をぬけだして、日本の様子を見てくることができるような優れた人がいました。しかし、科学技術の進歩により、逆に人間の能力は衰えて、脳を使う%はかえって、減ってきています。物質世界でのものの考え方を極めたところで、アインシュタインの10%が上限だと思って間違いありません。何千年何万年前のほうが脳をたくさん使っていました。「ジ」融合体の存在する洞窟で、ある儀式を行うとある現象か起こり、このような神聖物が出現します。皆さんが認識すべきことは、人間は生まれ変わりを繰り返しながら、その魂が成長し続けていくこと。そして、成長すると人間として再び生まれてくる必要がなくなるレベルに達すると、テワダーと呼ばれるようになります。テワダーは天国に住んでいます。つまり、反対に、ほとんどの人間は天国に行くことなく、地獄に行きます。しかし、天国も地獄もあまり適切な言葉ではありません。

地獄とは、皆さんが生きている間に犯してしまうカルマを解消してくれる有難い場所です。解消の仕方は、それぞれのカルマによって異なります。1番ひどいカルマは遊びで生き物を殺すことです。例えば、小さい子供がわからないために小さい虫や魚介類の足を取って遊んでいた。お腹が減って、死にそうになって、生き物を捕まえて食べたのとは異なります。エスキモーやイヌイットはアザラシをとって食べますけれども、生きていくためです。酒を飲むのも大きなカルマになります。

お釈迦様が5つの戒律を定めました。

1、殺生をしない。

2、酒を飲まない。

3、人のものを取らない。

4、嘘をつかない。

5、不純な性的な関係を持たない。

特に大切なのは、殺生をしない、酒を飲まないです。犯したカルマ解消は地獄で行います。これまで肉を食べてきた人は何百頭何千頭の牛や豚を殺すのを手伝ってきました。そうすると今度は地獄で逆に殺されます。肉を削がれて強い痛みを覚え死にます。死んだらアムリタをかけられて生き返ります。そしてまた同じことを繰り返します。生きているほうがまだ楽です。生きているときは一回死ねばおしまいです。そしてまた生き返って輪廻転生を繰り返すのが人間です。

このようなことを繰り返した後、魂が成長して、徳分をたくさん持つとテワダーの世界に入ります。テワダーの世界は天国です。人間として生まれ変わる必要がありません。この世界はヒマラヤのカイラーサの上にあります。カイラーサの上に神様の扉があります。時々開いて、様々な神がここから降り立ちます。ヒンドゥーの人たちからみたらシバ神が降りてきたと見るでしょう。他の宗教の人たちから見たら、その神が降りてきたとみます。扉が開いたときに、火の鳥やドラゴンが出てきます。前回の私たちのカイラーサツアーの時に、火の鳥が出てきました。テワダーの世界は16段階あります。テワダーとして人間に生まれてくると神の化身と呼ばれます。そしてテワダー16段階を超えるとテープという段階に入ります。

まず、テープポッポンという16段階ある位に入ります。1番上の方からシバ神、ヴィシュヌ神、ラクシュミー、アークエンジェルetc。アジアのグループの中にはプラサイヤム・テワティワットと呼ばれる神もいます。それぞれの地域で神はいろいろなグループに分かれています。どのような種類の神を信じようと正しいと言えます。

この上がテーププーサンという16段階の創造の神になります。(火、水、土、空気などの4大要素を作り出す神様)インドの神様ではブラムハです。多くの方々は天地創造の神様が最高のレベルの神様だと考えていますが、これよりも上があります。宇宙を作った神様は、宇宙をつくりたいという欲望煩悩があったから作りました。(テープポッポンでさえ、家族を持ったり、嫉妬したり、戦争したりします。テーププーサン創造神にも煩悩があります。)

これらを超えて一番上がニッパンです。涅槃:ニルヴァーナと呼ばれます。ここに到達することができたのは、お釈迦様です。お釈迦様はサンドゥーシッドテーパブという名のテワダーの魂の生まれ変わりでした。釈迦族の王子として生まれてきました。人間として桁違いの修行をされてテープポポン、テーププーサンを超えてニッパンになりました。サンスクリット語で「ブッBHU」(=覚醒した人)という発音と意味になります。ブッダと呼ばれるようになりました。神のレベルをはるかに超えて、神を指導する立場になりました。すべての煩悩を捨てて自由になったのです。神々はブッダの教えを受けて、上に行くことができるようになりました。

しかし、なかにはこのようなことをよく思わない神もいます。例えば、家で飼っているネコが自分よりも偉くなって。「父さん母さんちょっときなさい。あれが間違っている、これが間違っている。だからああしたほうがいい、こうしたほうがいい。」こんなことを急に言うようになった。そして、これで収まらずに、近所のノラネコを集めて、人間よりも偉くなる方法を教え始める。そして、ノラネコ達が偉そうになってくる。これでは人間は、あまり気分がよくありません。その時人間は、ネコたちを素晴らしい先生だとして教えを乞うのか、あるいはそんなことは嫌なので、捕まえて、保健所に連れて行って殺すのかどちらでしょうか?多分、殺そうと考える人は多いかもしれません。

同じように神様もそのように考えるかもしれません。人間たちがお釈迦様のように、どうすれば神を超えてニッパンにいけるのかを考えはじめました。これは神々としては顔が立たないようになるので、困るのです。すばらしいと考える神とは反対に、嫌だ面白くないと考える神様もいます。人々の魂の成長を望まずに足を引っ張る神様もいます。魔神と呼ばれます。悪魔、バッドスピリット、ブラックマジックを使います。病気にしたり、怪我をさせたりして健康に被害を与える。精神的におかしくする。経済的に被害を与えて、勉強できなくさせます。高級なバッドスピリットは考え方を変化させて、成長を邪魔します。自分の考えていることがどこが悪いのか判断できなくさせてしまいます。このような傾向は科学を勉強する人に現れやすいです。巧妙な仕掛けをして、考え方を麻痺させます。

洞窟の中でお釈迦様のマントラを唱えるとどうなるのか?マントラは多くの場合、神様が人間に与えたものです。しかし、神様が与えたマントラを人間が唱えたところで神様が聞いても、神様は興味を持ちません。1マラ108回のマントラを非常にたくさん唱えなければなりません。ところが、神を超えるニッパンのお釈迦様のマントラは別です。神様が勉強できるマントラだからです。だから、神様がドアをを開けて、私たちが唱えるマントラを聞こうとするのです。お釈迦様の言葉をお釈迦様の代わりに私たちが唱えるマントラを興味を持って聞こうとするのです。神々の世界のエネルギーが流れ込んできます。神の恩恵が直接いただくことができるのです。神聖物がいただけるだけでなくて、それ以外の神の恩恵が儀式に参加するだけで降り注いでくるのです。洞窟の「ジ」JITにこのようなものをくださいと願出ると、「ジ」は必要なものをかき集めて物質に変えて、神聖物を私たちに与えてくれます。これが天の扉開きの真実です。 

e=mcc  エネルギーと質量は等価

1gの質量はとてつもない大きなエネルギーです。この神聖物が200gだとするとものすごいですよ。このようなことが起きているのです。

テワダーでいるのは、神の徳分がたくさん必要です。徳分がなくなるとテワダーから格下げになります。しかし、同じところに集まって来て、縁ができる。天の扉開きは、昨年の1月からですが、日本人1億人の中で延べ100人ぐらいしか体験していないでしょう。タイ人日本人だけでしょう。良い意味で、選ばれた人間だとプライドを持って良いです。

Q テワダーから地獄に行ったときに、その魂にテワダーの記憶はありますか?

A  覚えていません。ルールです。しかし、「ジ」の中に記憶があります。35%以上の脳を使うとわかるようになります。煩悩をなくして、ピュアになることが条件です。

Q  そのようになるためには、どうしたら良いですか?

A  最低でもシンハー=五つの戒律を守ることです。チープランになり、八つの戒律を守ることです。

Q  チープラン(タイの尼さん)のやり方を教えてください。 

A  先ほどの五つの戒律の他に 6、昼十二時以降食べない。7、良い香りのものを身につけない。オイル、クリーム、パウダー、リップスティック駄目です。病気でクリームが必要ならば、別です。8、コットンなどの厚みがある高いところで寝ない。床から手のひら1つ以上高いのは駄目です。床に直接寝る。畳はオーケーです。タオルケット等薄いものを敷くのはオーケーです。ウソをついてはいけないので、仕事はやりにくいです。テレビ、携帯は使わないこと。雑念煩悩から離れること。他に毎日瞑想とマントラを唱えること。

Q   そのような生活を毎日続けて、どうやって神様の徳分を積んだら良いのでしょう?

A  チープランをやること自体が徳分になります。

Q  徳分を積むには、お布施をしたり、人を助けたり、教えたりすることだと思います。チープランをしていたら、このようなことができないのではないでしょうか?

A   普通の人は体を使って寺社に奉仕したり、お金、ものをあげて神様の徳分を得ることができますが、チープラン、お坊さんは卓越した「ジ」を使って、徳分を得ることが出来ます。例えば、人が病気になって倒れていたら、普通は病院に連れて行って助けてあげることができます。しかし、卓越した「ジ」があれば、なぜ病気になって倒れているか(どんな悪いことしたとか)わかるし、「ジ」を使って神様の徳分をあげて、助けることができます。メーターのマントラも同じで徳分を分けてあげることで、自分も徳分を得ることが出来ます。チープランは一生やらなければならないのではなくて、ある一定の期間でも良いです。Jさんは携帯を切って、人と会わないようにして、マントラ、瞑想して1週間がんばりました。

Q   過去世のことは、すべて忘れて生まれて来るのに、「ジ」のレベルを上げるとどうして過去世のことがそんなにわかるのですか?

A  神のルールにしたがって記憶を忘れます。しかし、「ジ」を使ってルールの外に出て、ルールに従わない方法でわかります。

洞窟の中の「ジ」と扉を開いてくれた神様と洞窟の周りのスピリットたちに皆さんの徳分を分けてあげてください。クルワットナームのマントラを唱えて、分けてあげてください。そういう方達に徳分を分けてあげても、皆さんの徳分は減ったり無くなったりするようなことはありません。一時的になくなったとしても、利子がついて帰って来ます。心配しないでください。徳分とはあちらの世界のお金だと思ってください。「ジ」でも神様でもあらゆる存在は徳分を欲しがります。カルマは借金と考えてください。例えば、H君がたくさん貯金をしていて、お金をみんなにあげるよと言ったら、みんなはありがとうと言って、もらいます。誰でもみんな欲しがります。つまり貯金と同じように徳分は分け与えることができます。

しかし、カルマは借金と考えてください。例えば、先ほどのH君が、たくさんの借金があるとします。この借金をみんなにあげるよと言ったとして、欲しがる人はいるでしょうか?自分が肩代わりして、借金をとる人はいません。つまり、あちらの世界でも自分のカルマを人にあげることはできません。

ところが、世の中には、残念な人がいて、あなたの犯した悪いカルマをみんな私が引き受けてあげますとカッコつけた人がいました。これは、大変なことになりますから気をつけてください。そのような事例を近くでみました。

徳分は人に分け与えることができます。カルマは人に押し付けることはできません。自分で処理してください。あちらの世界でも徳分を差し上げることはできます。神々に徳分を差し上げたら、ありがとうと言って利子をつけて返してくれます。だから、自分の徳分が増えるのです。洞窟の「ジ」に徳分を差し上げて下さい。

Q   自分が徳分を利子を付けて得るために、徳分を差し上げるということは、邪な考えではないでしょうか?メーターのマントラもそのように考えて良いでしょうか?

A   神様に差し上げるためにマントラを唱えるのであって、自分が欲しいから唱えるということはよくありません。動機目的が大切です。

Q   すべてのマントラは、声をハッキリ出してチャンティングすべきですか?

A   一人ひとりの「ジ」のレベルに依ります。完璧ならば声を出さなくても大丈夫です。でも、ほとんどの人は無理でしょう。カセットテープでは無理です。自分のなかから「ジ」-声でマントラを出して、はじめて自分が徳分を得ることができます。。

とある大学の先生はマントラの音の振動によって、ブラックマターが集まると主張してました。CDをかければ洞窟の現象が発生することになりますね。

オラシオンの場合は声を出さずに口の中で唱えるので、テクニックが異なります。フィリピンの偉大なT先生は、「口の中で言わなくても大丈夫だよ。頭の中で唱えても出来るよ。」とおっしゃっていました。

 

投稿日:2016年02月07日(日)


人間を含めて動物たちの人生は神様が定めたものです。
神様が動物たちの魂に肉体を与えて、この世に生まれて来ました。

動物たちだって親から命を頂いて生まれてきて、食べ物と愛情をもらって大きくなります。
そして、仲間と一緒に行動したり、単独で行動したり、パートナーを探し、子作りをして、子供を一人前に育てます。

餌や水が無くてひもじい思いをすることもあれば、群れの中の立派なリーダーになることもあります。
病気になることもあります。敢え無く、天敵に食べられてしまうかもしれません。
そして、歳をとって動きが鈍くなり、死んでいきます。
程度の差はありますが、魚にも同様のことがあります。

動物たちを殺して、その肉(死体)を食べるということは、神様が定めた動物たちの人生を消滅させてしまうので、神様から大きなペナルティを受けてしまいます。つまりカルマになります。

原初の仏教、お釈迦様ご自身が教えを広めていた頃は200以上の戒律がありました。厳しい戒律を守っていくことが難しいということで、お釈迦様が亡くなってから約100年で戒律を緩めて広く世間に教えを広めようとする大乗仏教が分離しました。このグループは中国を経由して日本に伝えられました。一方、仏様の根本的な教えを守ろうとするグループは、東南アジアに根付きました。

出家僧侶ではなくて、在家の人たちの守るべき戒律として五戒がありますが、最も重要なイロハのイが殺生を禁ずることです。

動物たちを直接殺さなければ、肉を食べたり、衣類にしても良いということはありません。これはルール違反です。お釈迦様の故郷のインドでも、当時から今日まで肉魚卵は食べませんし、革の靴や動物由来の着物を着ません。ヒンズー教のルールとしても当然の世界観があります。

奈良時代に鑑真が日本に来たのは、戒律を日本に根付かせて仏教本来の教えを広めて欲しいという聖武天皇の命によるものでした。

殺生について、法律レベルの殺人の例で考えてみましょう。

おかしな人Aがいました。この人Aが向こうにいる肉付きの良い人間Bを食べたくなりました。そこで、Bを殺して肉を持ってきて欲しいので、何でも言うことを聞くCに依頼したとします。CはBを捕まえて殺してしまい、肉にしてAに持って来ました。AはいつものようにCに金を渡して、肉を美味しく食べました。

Aは「俺は殺ってない」と言い張りましたが、殺人の罪は免れることはできるでしょうか?

神様から見れば、人にも動物たちにも同様に人生を与えてこの世に送り出しているので、神様のルールを壊す人間にはペナルティがあります。(動物たちには殺生の戒律はありません)

本当に美味しいのは野菜ですよ!野菜は生きていますが、魂がありません。いくら食べても神様のルールを犯すことはありません。(但し、樹木などにはスピリットが宿っている場合があるようです。)

お酒も飲まないようにしましょう!悪霊(バッドスピリット)を呼び寄せてしまい、その影響を受けてしまいます。そして、良いスピリットが逃げて行ってしまいます。お祓いをしたり、神様に病気の治癒をお願いして治ったとしても、後戻りしてしまいます。

いつも神様見てござる!気をつけましょうね。

投稿日:2015年10月23日(金)


毎年10月のこの時期になると、近所に住んでいらっしゃるMさんにお願いされ、北方にある斑尾山に祀られている山の神様のお祭りにいきます。

山道を車で登り、途中からは歩いて登って行きます。幸いにも、好天に恵まれ、気持ちよく落ち葉を踏みしめながら進むことが出来ました。

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うっそうと生い茂る雑木林はMさんが下草を刈って山の神への山道を作ってくれました。このおかげで私は狩衣を着て歩いてご神前に行くことができました。

Mさんのお孫さんが雑木林の中でアケビを見つけました。

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武運濃神社は斑尾山から流れてくる斑尾川が千曲川に合流するところにあります。斑尾川沿いに集落があり、それぞれに小さなお宮があります。一般的に、川沿いにある集落のお宮を里宮と言い、大元の山にあるお宮を山宮といいます。斑尾山には武運濃神社の山宮と呼ばれるものはありませんが、このMさん個人が管理している山の神様は、私たちの大元の山にあるので、大切にしていきたいものです。

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先日、テレビでアンコールワットの番組を見ました。アンコールワットのそばには、大きな山があって、そこからきれいな水が湧き出して、アンコールワットに流れてくるのだそうです。

この水を利用してたくさんの水田を作り、多くの人が住んでいました。大元の山・水の源はやはり神様の住んでいる所として、祈りの場がありました。

アンコールワットはカンボジアにあるのですが、インドとは離れた場所にあります。しかし、ヒンズー教の寺院として造られました。また、地元の神様たちも祀られていたそうです。途中からは仏教が中心に変わっていったそうです。(戦いをせずに、平和を守り続けたために、長い間繁栄が続いたそうです。だから、巨大な石造りの寺院をたてることができました。)

アジア諸国の特徴として、仏教国であれば、地元の神様を祀りながら、外国の宗教としての(インド由来の)仏教を取り入れて祀ることは当然だと思います。キリスト教国のフィリピンでも同様です。

日本も同じです。神棚と仏壇を見て、異なる二つの崇拝対象を置いているといって驚く必要はありません。昔は混じり合っていたのですが、由来を知らない欧米の人が驚いたので、困ってしまったのではないでしょうか。明治時代の神仏分離令から分ける習慣が出来たのかもしれません。戦後のアメリカの影響もあって可笑しいと感じるのかもしれません。

 

投稿日:2015年10月22日(木)


神様にはいろいろなグループがあり、例えばインドの神様グループもあります。タイ(東南アジア)には、テラティワットという神様を中心としたグループもあります。人間が人種・国・エリアなどに分かれてグループになるのと同じように神様にもグループがあります。ミカエルなどがいるキリスト系のグループもあります。もし、神の使い(テワダー)が人間界に降りてきたら、自分の属するグループの神様の信仰を説くだろうと思います。どれもすべて正しいです。

しかし、どのような信仰を持っていても、どんな魂でも死んだ後はタウエースワンのところに行きます。動物も同じところに行きます。皆さんも死んだら忘却の水を飲むまで覚えていますから覚えていてください。大変な思いをしてタウエースワンのところにいき、慎重にバッドスピリットが紛れていないかチェックされます。動物は迎えが来ませんが、タウエースワンのところは素通りして地獄の門の中に入っていきます。そして、動物たちの待合室に入った後で、カルマ解消をせずに、そのまま生まれかわります。魂が幼いので、カルマはありません、生じません。ただし、動物たちの魂は、忘れさせられることなく、記憶を残したままで、生まれ変わります。だから、過去生の記憶が本能となるので、生まれたばかりでも、すぐに何かできるのです。ところが、人間はすべて忘れさせられているので、何も出来ません。おっぱいを飲むことぐらいしかできません。動物は魂の記憶は、あるのですが、脳みそには反映されないので、昔のご主人までは覚えていません。

とにかく魂は死んだらひとりです。生前の記憶が消されてしまうのですから。

また、「あなたには死んだおばあちゃんが来ています。」というのは考え違いです。その辺のバッドスピリットか普通のスピリットと勘違いしているのです。カルマの少ない人・神様の徳分を多く積んだ人は、早く生まれ変わります。カルマが多いと長く苦しみます。信仰深く神様の徳分が多いと優遇されます。どんなに短くても1年ぐらいはかかります。カルマの一番大きなものは食べることです。しかし、生まれ変わると、忘れてまた屍体を食べるのです。(ベジタリアンになりましょう!神様のルールでは、殺生したことになってしまいます。)

魂の行くべき道は生まれかわりながら、神の使い(テワダー)になり、神になり、神の位を超えたニッパン(お釈迦様が到達した位)になっていくのです。神でさえ途中です。神は人間くさくて、結婚したり、喧嘩したり、戦争したり、ジェラシーを持ったりします。ニッパンはお釈迦様ただ1人だけです。

家族・親戚・子供と手を取り合って仲の良い心地よい世界を実現していくために魂が存在しているのではありません。そういう煩悩(憎しみ・愛情・つながり)をすべて捨てていかなければなりません。シバ神でさえ家族がいます。あの世でも家族で仲良く暮らしたら、神様のことの勉強になりません。人間的な感情で都合のいいことと、神の考えるいいことは180度異なります。

お酒は百薬の長と人間は考えるかもしれないが、神から見たら逆です。

これを前提で話をすると一般の人はついて来れないので、みんなから嫌がられます。しかし、人間的な感情で話をすると人はナルホドとついてきます。倫理道徳を説いて、ヒトを納得させ、ヒトを増やすことは、お金が儲かります。ところが、死んでしまったら、家族もバラバラでひとりで、会えもしないと説くと、あんな人イヤと言われてしまいます。もし、皆さんの前にお釈迦様がいて、煩悩を捨てなさいと説いたら、何も感情を持たない鉄のような人間だなあと思われるでしょう。しかし、魂の成長はこちらの方向ですからね。

投稿日:2015年08月05日(水)


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