小さい時から、五戒を守り、両親とともにベジタリアンをしっかりと守ってきた、ある女性のエピソード
牛が牧場でのんびりと草を食べている姿は、ほのぼのとした気分になり、心が休まります。アルプスの少女ハイジの物語のように、生まれてから、子牛になり、野原を駆け回って大きくなり、ミルクを搾乳してもらっている姿を想像するかもしれません。そして、私たちは何のためらいもなく、ミルクを買って飲みます。
ところで、皆さんはどなたでも、地獄の有り様をお聞きになったことがあると思います。私はそれを信じています。この世の生き地獄、それは動物界です。私たちは人間界に生まれて、生老病死の苦しみから逃れることができず、一生を過ごします。
しかしこれが動物界と比べて、どんなにありがたいことか、お話ししたいと思います。
子牛は生まれたらすぐに、お母さんとお別れします。初乳には、赤ちゃんに必要な栄養や病気になりにくい免疫成分が入っていると言われています。飼育してくれる人が、優しければ、ペットボトルに乳首をつけて飲ませてくれます。しかし通常は、そのような事もないそうです。
生まれたらすぐに、赤ちゃん専用区域に連れていかれるそうです。冬になると、この牧場での気温は零下20度を下回る日がよくあります。外気温が低い場合、生まれたばかりの赤ちゃん牛はお母さんがからだを舐めて暖めてくれないと、そのまま体温が下がって死んでしまうのです。だから赤ちゃん牛は暖かい部屋に連れて行かれるのです。(親子の縁はこの時点で断ち切られます)
子供を産んだお母さんは、赤ちゃんが鳴く声を聞くと、おっぱいがよく出ます。だから赤ちゃん牛はそんなに遠くには連れて行かれなくて、乳牛たちに声が聞こえる位のところに赤ちゃん牛の部屋があるのです。(涙出ます)
お母さん牛は、ミルクをたくさん搾り取って、人間においしい食料として供給するために、赤ちゃん牛を産むのです。妊娠し出産し、牛乳が出る間は乳牛としての価値があります。
通常、オスの赤ちゃん牛は肉牛として飼育するために、肉牛専門の牧場に売られて行きます。メスの赤ちゃん牛は、ミルクをたくさん搾り取るために、そのままこの牧場で育てられます。
赤ちゃん牛の死亡率は人間と違って高く、通常1頭ずつ生まれますが、双子であると難産で、死亡率もさらに高くなります。
そして死産の可能性も高いのです。
晴れた日に牧場でのんびりとした牛の姿を見かけるのは、産後の回復期か病後の養生の時のみです。通常の乳牛の生活は、そのようなのんびりしたものではありません。(自由はありません)
もちろん、牛の飼育方法もいろいろあります。
広い牧場であればのびのびと放牧をし、母牛と子牛を長く一緒に過ごさせるところもあります。
しかし、全部の牧場が広く場所を持てる という事はかなり難しいでしょう。
また、その広い土地を管理することも、その分の牛の餌を確保することも大変になります。
乳牛が病気になると獣医さんに診てもらう必要があります。特に、ミルクから黄色ブドウ球菌が検出されると、非常に危険なので、販売ルートに乗せることができませんし、感染の拡大を食い止めなければ、牧場の死活問題になります。元気になって、頑張って餌を食べて、ミルクを絞ってもらえるようになれば良いのですが、通常はやりようがないため、殺処分となります。
ところで、牛は寝るときに腹ばいに、猫がするような形になります。頭を地面につけてゆっくり休むことができません。それは天敵に襲われないように、いつも逃げる準備をしておく必要があるからです。牛の頭はとても重いので、睡眠中もそれを支えるのは大変なのです。しかし、頭を地面につけてしまうと、胃の中にガスが溜まって、苦しくなり病気になり、動けなくなるのです。(人間のように頭を枕の上に乗せることができません)
牛は、何らかの原因で、病気になって自分の頭を支えきれなくなると、口は半開きとなって、喘ぎ、起き上がれなくなります。野生動物ではないので獣医さんに診て貰います。そこで回復すれば良いのですが、やはり可能性は人間と比べて低いようです。
こうなると、歩けなくて大変だろうからと用意してもらった自分の餌にもかかわらず、たいてい他の牛が横取りして、食べてしまうそうです。(スキがあると自分のものが盗られてしまう)
私の牧場には、50頭単位の牛舎がいくつかあります。しかし密閉されているわけではないので、屋根と天井の隙間からはカラスが、壁や出入り口などの隙間からは、狐などが牛舎の中に入ってきます。
病気で衰弱して動けなくなった牛がいると、カラスはグループでやって来て、その隙間から覗いて様子をうかがっています。カラスは人がいれば牛舎の中に入って来ませんが、人がいないと勝手に入り込みます。
そして衰弱した牛がまだ息をしていたとしても、集団で襲い掛かり、目玉や肛門などの柔らかいところを突ついて食べてしまうのです。(また、死臭を嗅ぎつけるのでしょうか…、)飢えた狐が入ってきて、柔らかそうなところから食べ始めます。もちろん、これも牛舎に人がいない時です。(生きたままですから、耐えられない痛みだと思います) 夏にはウジも出てきます。
もちろん、このようなことが起こるのは稀だそうですし、私自身が、そのようになった牛を見た経験はありません。職場で聞いただけの話ですが、動物界は残酷であると言う一面がわかると思いお話ししました。
これは放牧をしている牧場でも同じと思いますが、妊娠を繰り返しお乳が出る間は生きていることができますが、牛乳が出なくなってしまえば、殺処分の対象となります。(優しい牧場主さんであれば、ここは心が痛むところだと思います。しかし、飼料代も、ものすごくかかります。1頭、2頭ならまだしも、次々に年をとって、乳が出ない牛を、そのまま生かしておく事は、現実には無理なのです。それは経営者でなくても、誰もがわかることだと思います。)
もし仮に、少しの期間だけ、生きながらえるように飼育をそのまましたとしても、結局 自前で作る飼料の土地の広さ、従業員の雇用など限界がすぐ来てしまい、牧場経営が立ち行かなくなるのは、明らかです。
人間界にはありえない動物界の1部をお話ししました。私は経験が浅く、他の世界のことまで広く知っているわけではありません。
でも、勘違いして欲しくないのですが、私が仕事をしているこの牧場は、牧場主さんを始めとして、みんな優しくて、親切で、いい人たちばかりです。私は幸運です。私たち働く人間に対する気遣いだけでなく、病気や怪我をした野良猫がいれば、拾ってきて面倒を見てあげています。動物たちに対する哀れみの気持ちは、普通の人たち以上であると断言できます。
牛を出来る限りそのまま生かしてあげたい、と言う気持ちがあると思います。しかし、それが現実には経済的な理由で無理でしょう。それでも、何とか他にできることがないだろうかと言う気持ちもわかる気がします。
私は生まれ変わりを信じています。人間は、その行いに応じて、次は動物界に生まれ変わることもあります。このような動物界の厳しい現実を見てしまったので、私は絶対に動物に生まれ変わりたくはありません。
では、この仕事を辞めたいかと尋ねられたら、ノーです。もう少しこの地獄の様子をよく見ておきたいからです。そして、二度と地獄に落ちることがないように、お釈迦様の説かれた五戒をしっかりと守って生きていきたいと思っています。
投稿日:2023年01月30日(月)
小さい時から、五戒を守り、両親とともにベジタリアンをしっかりと守ってきた、ある女性のエピソード
牛が牧場でのんびりと草を食べている姿は、ほのぼのとした気分になり、心が休まります。
アルプスの少女ハイジの物語のように、生まれてから、子牛になり、野原を駆け回って大きくなり、ミルクを搾乳してもらっている姿を想像するかもしれません。そして、私たちは何のためらいもなく、ミルクを買って飲みます。
ところで、皆さんはどなたでも、地獄の有り様をお聞きになったことがあると思います。私はそれを信じています。この世の生き地獄、それは動物界です。
私たちは人間界に生まれて、生老病死の苦しみから逃れることができず、一生を過ごします。
しかしこれが動物界と比べて、どんなにありがたいことか、お話ししたいと思います。
子牛は生まれたらすぐに、お母さんとお別れします。初乳には、赤ちゃんに必要な栄養や病気になりにくい免疫成分が入っていると言われています。飼育してくれる人が、優しければ、ペットボトルに乳首をつけて飲ませてくれます。しかし通常は、そのような事もないそうです。
生まれたらすぐに、赤ちゃん専用区域に連れていかれるそうです。冬になると、この牧場での気温は零下20度を下回る日がよくあります。外気温が低い場合、生まれたばかりの赤ちゃん牛はお母さんがからだを舐めて暖めてくれないと、そのまま体温が下がって死んでしまうのです。だから赤ちゃん牛は暖かい部屋に連れて行かれるのです。(親子の縁はこの時点で断ち切られます)
子供を産んだお母さんは、赤ちゃんが鳴く声を聞くと、おっぱいがよく出ます。だから赤ちゃん牛はそんなに遠くには連れて行かれなくて、乳牛たちに声が聞こえる位のところに赤ちゃん牛の部屋があるのです。(涙出ます)
お母さん牛は、ミルクをたくさん搾り取って、人間においしい食料として供給するために、赤ちゃん牛を産むのです。妊娠し出産し、牛乳が出る間は乳牛としての価値があります。
通常、オスの赤ちゃん牛は肉牛として飼育するために、肉牛専門の牧場に売られて行きます。メスの赤ちゃん牛は、ミルクをたくさん搾り取るために、そのままこの牧場で育てられます。
赤ちゃん牛の死亡率は人間と違って高く、通常1頭ずつ生まれますが、双子であると難産で、死亡率もさらに高くなります。
そして死産の可能性も高いのです。
晴れた日に牧場でのんびりとした牛の姿を見かけるのは、産後の回復期か病後の養生の時のみです。通常の乳牛の生活は、そのようなのんびりしたものではありません。(自由はありません)
もちろん、牛の飼育方法もいろいろあります。
広い牧場であればのびのびと放牧をし、母牛と子牛を長く一緒に過ごさせるところもあります。
しかし、全部の牧場が広く場所を持てる という事はかなり難しいでしょう。
また、その広い土地を管理することも、その分の牛の餌を確保することも大変になります。
乳牛が病気になると獣医さんに診てもらう必要があります。特に、ミルクから黄色ブドウ球菌が検出されると、非常に危険なので、販売ルートに乗せることができませんし、感染の拡大を食い止めなければ、牧場の死活問題になります。元気になって、頑張って餌を食べて、ミルクを絞ってもらえるようになれば良いのですが、通常はやりようがないため、殺処分となります。
ところで、牛は寝るときに腹ばいに、猫がするような形になります。頭を地面につけてゆっくり休むことができません。それは天敵に襲われないように、いつも逃げる準備をしておく必要があるからです。牛の頭はとても重いので、睡眠中もそれを支えるのは大変なのです。しかし、頭を地面につけてしまうと、胃の中にガスが溜まって、苦しくなり病気になり、動けなくなるのです。(人間のように頭を枕の上に乗せることができません)
牛は、何らかの原因で、病気になって自分の頭を支えきれなくなると、口は半開きとなって、喘ぎ、起き上がれなくなります。野生動物ではないので獣医さんに診て貰います。そこで回復すれば良いのですが、やはり可能性は人間と比べて低いようです。
こうなると、歩けなくて大変だろうからと用意してもらった自分の餌にもかかわらず、たいてい他の牛が横取りして、食べてしまうそうです。(スキがあると自分のものが盗られてしまう)
私の牧場には、50頭単位の牛舎がいくつかあります。しかし密閉されているわけではないので、屋根と天井の隙間からはカラスが、壁や出入り口などの隙間からは、狐などが牛舎の中に入ってきます。
病気で衰弱して動けなくなった牛がいると、カラスはグループでやって来て、その隙間から覗いて様子をうかがっています。カラスは人がいれば牛舎の中に入って来ませんが、人がいないと勝手に入り込みます。
そして衰弱した牛がまだ息をしていたとしても、集団で襲い掛かり、目玉や肛門などの柔らかいところを突ついて食べてしまうのです。(また、死臭を嗅ぎつけるのでしょうか…、)飢えた狐が入ってきて、柔らかそうなところから食べ始めます。もちろん、これも牛舎に人がいない時です。(生きたままですから、耐えられない痛みだと思います) 夏にはウジも出てきます。
もちろん、このようなことが起こるのは稀だそうですし、私自身が、そのようになった牛を見た経験はありません。職場で聞いただけの話ですが、動物界は残酷であると言う一面がわかると思いお話ししました。
これは放牧をしている牧場でも同じと思いますが、妊娠を繰り返しお乳が出る間は生きていることができますが、牛乳が出なくなってしまえば、殺処分の対象となります。(優しい牧場主さんであれば、ここは心が痛むところだと思います。しかし、飼料代も、ものすごくかかります。1頭、2頭ならまだしも、次々に年をとって、乳が出ない牛を、そのまま生かしておく事は、現実には無理なのです。それは経営者でなくても、誰もがわかることだと思います。)
もし仮に、少しの期間だけ、生きながらえるように飼育をそのまましたとしても、結局 自前で作る飼料の土地の広さ、従業員の雇用など限界がすぐ来てしまい、牧場経営が立ち行かなくなるのは、明らかです。
人間界にはありえない動物界の1部をお話ししました。私は経験が浅く、他の世界のことまで広く知っているわけではありません。
でも、勘違いして欲しくないのですが、私が仕事をしているこの牧場は、牧場主さんを始めとして、みんな優しくて、親切で、いい人たちばかりです。私は幸運です。私たち働く人間に対する気遣いだけでなく、病気や怪我をした野良猫がいれば、拾ってきて面倒を見てあげています。動物たちに対する哀れみの気持ちは、普通の人たち以上であると断言できます。
牛を出来る限りそのまま生かしてあげたい、と言う気持ちがあると思います。しかし、それが現実には経済的な理由で無理でしょう。それでも、何とか他にできることがないだろうかと言う気持ちもわかる気がします。
私は生まれ変わりを信じています。人間は、その行いに応じて、次は動物界に生まれ変わることもあります。このような動物界の厳しい現実を見てしまったので、私は絶対に動物に生まれ変わりたくはありません。
では、この仕事を辞めたいかと尋ねられたら、ノーです。もう少しこの地獄の様子をよく見ておきたいからです。そして、二度と地獄に落ちることがないように、お釈迦様の説かれた五戒をしっかりと守って生きていきたいと思っています。