天の扉開き神事の背景

ブッダが死んだ後、その教えをどのように伝えていくかは、弟子たちにとってとても大きな問題でした。

ブッダが活動していた国で、主に使っていたマガタ語で聖典(パーリ)をまとめ、統一しました。現在では、マガタ語は死語となっているので、パーリ語聖典で伝えられているといわれます。(サンスクリット語の発音と似ています)

仏滅から三ヶ月後に弟子たちは一堂に会して、教えが失われたり、異説が生じたりしないようにチェックしました。(第一結集)
これは筆記用具や紙などで書いて記録する古代中国や古代西洋の文化と違って、古代インドでは、説かれた言葉を丸ごと耳から覚え、人に伝える時も聞いて覚えたそのままを口で唱える口頭伝承の文化でした。

暗記のほうが筆記よりも正確であると判断した、ものすごく優秀で完璧な弟子たちが集まったんでしょうね!

仏滅100年後、第二結集が開かれました。これを機会に、戒律や経典を厳格に保持する上座部と戒律等を自由に改変する傾向にあった大衆部に仏教教団が大きく分裂してしまいました。
前者はスリランカ、ミャンマー、タイ、カンボジアなど南方に伝えられ南伝仏教(上座部仏教)と呼ばれ、後者は中国、朝鮮、日本、チベット等で栄えたため北伝仏教(大乗仏教)と呼ばれています。

南伝は、各国語の文字でパーリ発音表記されています。
これに対して、漢訳経典は、一つ一つのお経の内容がパーリ聖典のものとかなり違うそうです。どうしても翻訳された形跡のないパーリの経典よりも、漢訳の方が信頼度が落ちる。漢訳はパーリ(マガタ)語からの直接の訳ではなく、一旦、北西インドのガンダーラ語などに訳された後、仏滅千年近くも経った西暦四、五世紀までに漢文に訳されたものだそうです。翻訳からの翻訳であることや、インドの言語から全く文化の異なる漢文に訳されているのですから、信頼度が落ちるのも無理もありません。

戒律を厳しく守り、瞑想をし、パーリ語のマントラを真剣に聞き覚えて伝えているタイのお坊さんたちの生きた姿を見ると、ブッダの教えを本当に正確に伝えて来たのだなあと感心しました。
天の扉開きの神事にはこのような背景があったのです。

次回は、この驚くべき事実と真実をお伝えします!

投稿日:2015年05月21日(木)


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