人間を含めて動物たちの人生は神様が定めたものです。
神様が動物たちの魂に肉体を与えて、この世に生まれて来ました。

動物たちだって親から命を頂いて生まれてきて、食べ物と愛情をもらって大きくなります。
そして、仲間と一緒に行動したり、単独で行動したり、パートナーを探し、子作りをして、子供を一人前に育てます。

餌や水が無くてひもじい思いをすることもあれば、群れの中の立派なリーダーになることもあります。
病気になることもあります。敢え無く、天敵に食べられてしまうかもしれません。
そして、歳をとって動きが鈍くなり、死んでいきます。
程度の差はありますが、魚にも同様のことがあります。

動物たちを殺して、その肉(死体)を食べるということは、神様が定めた動物たちの人生を消滅させてしまうので、神様から大きなペナルティを受けてしまいます。つまりカルマになります。

原初の仏教、お釈迦様ご自身が教えを広めていた頃は200以上の戒律がありました。厳しい戒律を守っていくことが難しいということで、お釈迦様が亡くなってから約100年で戒律を緩めて広く世間に教えを広めようとする大乗仏教が分離しました。このグループは中国を経由して日本に伝えられました。一方、仏様の根本的な教えを守ろうとするグループは、東南アジアに根付きました。

出家僧侶ではなくて、在家の人たちの守るべき戒律として五戒がありますが、最も重要なイロハのイが殺生を禁ずることです。

動物たちを直接殺さなければ、肉を食べたり、衣類にしても良いということはありません。これはルール違反です。お釈迦様の故郷のインドでも、当時から今日まで肉魚卵は食べませんし、革の靴や動物由来の着物を着ません。ヒンズー教のルールとしても当然の世界観があります。

奈良時代に鑑真が日本に来たのは、戒律を日本に根付かせて仏教本来の教えを広めて欲しいという聖武天皇の命によるものでした。

殺生について、法律レベルの殺人の例で考えてみましょう。

おかしな人Aがいました。この人Aが向こうにいる肉付きの良い人間Bを食べたくなりました。そこで、Bを殺して肉を持ってきて欲しいので、何でも言うことを聞くCに依頼したとします。CはBを捕まえて殺してしまい、肉にしてAに持って来ました。AはいつものようにCに金を渡して、肉を美味しく食べました。

Aは「俺は殺ってない」と言い張りましたが、殺人の罪は免れることはできるでしょうか?

神様から見れば、人にも動物たちにも同様に人生を与えてこの世に送り出しているので、神様のルールを壊す人間にはペナルティがあります。(動物たちには殺生の戒律はありません)

本当に美味しいのは野菜ですよ!野菜は生きていますが、魂がありません。いくら食べても神様のルールを犯すことはありません。(但し、樹木などにはスピリットが宿っている場合があるようです。)

お酒も飲まないようにしましょう!悪霊(バッドスピリット)を呼び寄せてしまい、その影響を受けてしまいます。そして、良いスピリットが逃げて行ってしまいます。お祓いをしたり、神様に病気の治癒をお願いして治ったとしても、後戻りしてしまいます。

いつも神様見てござる!気をつけましょうね。

投稿日:2015年10月23日(金)


毎年10月のこの時期になると、近所に住んでいらっしゃるMさんにお願いされ、北方にある斑尾山に祀られている山の神様のお祭りにいきます。

山道を車で登り、途中からは歩いて登って行きます。幸いにも、好天に恵まれ、気持ちよく落ち葉を踏みしめながら進むことが出来ました。

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うっそうと生い茂る雑木林はMさんが下草を刈って山の神への山道を作ってくれました。このおかげで私は狩衣を着て歩いてご神前に行くことができました。

Mさんのお孫さんが雑木林の中でアケビを見つけました。

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武運濃神社は斑尾山から流れてくる斑尾川が千曲川に合流するところにあります。斑尾川沿いに集落があり、それぞれに小さなお宮があります。一般的に、川沿いにある集落のお宮を里宮と言い、大元の山にあるお宮を山宮といいます。斑尾山には武運濃神社の山宮と呼ばれるものはありませんが、このMさん個人が管理している山の神様は、私たちの大元の山にあるので、大切にしていきたいものです。

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先日、テレビでアンコールワットの番組を見ました。アンコールワットのそばには、大きな山があって、そこからきれいな水が湧き出して、アンコールワットに流れてくるのだそうです。

この水を利用してたくさんの水田を作り、多くの人が住んでいました。大元の山・水の源はやはり神様の住んでいる所として、祈りの場がありました。

アンコールワットはカンボジアにあるのですが、インドとは離れた場所にあります。しかし、ヒンズー教の寺院として造られました。また、地元の神様たちも祀られていたそうです。途中からは仏教が中心に変わっていったそうです。(戦いをせずに、平和を守り続けたために、長い間繁栄が続いたそうです。だから、巨大な石造りの寺院をたてることができました。)

アジア諸国の特徴として、仏教国であれば、地元の神様を祀りながら、外国の宗教としての(インド由来の)仏教を取り入れて祀ることは当然だと思います。キリスト教国のフィリピンでも同様です。

日本も同じです。神棚と仏壇を見て、異なる二つの崇拝対象を置いているといって驚く必要はありません。昔は混じり合っていたのですが、由来を知らない欧米の人が驚いたので、困ってしまったのではないでしょうか。明治時代の神仏分離令から分ける習慣が出来たのかもしれません。戦後のアメリカの影響もあって可笑しいと感じるのかもしれません。

 

投稿日:2015年10月22日(木)