あるおばあさんが、亡くなりました。そして、お葬式が終わった後、火葬する直前に目を覚ましました。そして棺桶から起き上がって、生き返って出てきました。そのおばあちゃんのケースは特例で、死んだ後の世界をこちらに教えるために、わざわざ生き返らせてくれたのだそうです。そのおばあちゃんは死んだ後、あの世に行っていた時に、いろいろな地獄を案内されたそうです。

ある地獄は、みんな立っているそうです。ずっと立ち続けているので、足がだるい。なのに椅子に座ることができる人がいるそうです。その座ることができる人は神様から戴いた徳分を使っているそうです。しかし、いっときすればまた椅子は取り上げられるそうです。

ある部屋に行くと、みんな暗い顔して(死んでいるので当たり前ですけれども)死にそうな顔をして立っていました。そのおばあちゃんの隣の人がノドが渇いた、お腹が空いたと言いました。そこに係員が来て、そのおばあちゃんに食べ物と飲み物が与えられました。そのおばあちゃんは隣の人にどうぞ食べてくださいと食べ物と飲み物を差し出しました。そして、隣の人は飲み物をとって飲もうとしましたが、とても熱くて全く飲むことができませんでした。食べようとしても熱くて食べられない。おばあちゃんはびっくりして、係員に尋ねました。係員は言いました。「その人は食べる権利がない。なぜならあなたが今もらった食べ物は、あなたが生きているときに神様・仏様・お坊様にお供えしたり、差し上げたものです。それが返ってきて、あなたが食べることができるのです。だから、他の人は食べる権利がないのです。」そのように説明されて、おばあちゃんは生き返ってきたのです。

刑罰を受けるときには、忘却の湖の水を飲んですべてを忘れていますから、仮に刑罰を受ける場所に親子・配偶者がいたとしても、誰だか全くわかりません。死んであの世で会いましょうという夢は残念ながら夢で終わります。死んだらひとりです。誰も覚えていません。

あの世での、カルマ解消をすべて終えると、その時の記憶をまたすべて消されて(魂の記憶を全部消されて)、また生まれてきます。今度は生き地獄を生きるようになります。輪廻転生の輪から抜け出す方法をお釈迦様は教えてくれました。

すべての煩悩を捨てなさい。それによってのみ、輪廻転生の輪から抜け出すことができます、と説きました。

なぜ、このようなことが断言できるのか?死んだこともないのに。
そのような人は世界観がセマイです。「ジ(JIT)」を十分に深めた人は自分の体から抜け出して、実際に見てくる能力を見につけることができます。(5月23日、24日ブログ参照)

タウエースワン(閻魔大王)のところに会いに行って来ることができます。タウエースワンの門の中にはさすがに入れてもらえませんが、タウエースワンに聞いてくる事はできます。「この中どうなってるの?」そしたら、教えてくれます。それでわかりました。そのようにできる人がたくさんいれば当たり前なのでしょうが、何百年にひとりですから、なかなかわかりません。

タウエースワンはバッドスピリットから守ってくれるのですし、地獄に入ってきたら魂を食い荒らされて大変です。ヤック(鬼神)グループのボスがタウエースワンです。お盆だからといって、地獄の蓋が開くことは、絶対にありません。

投稿日:2015年07月31日(金)


寿命が尽きて死んで、タウエースワンが番をしている中に連れて行かれると、たくさん部屋があり、大体の割り振りをされることになります。例えば最も純粋な魂で次に生まれ変わってくる必要もないくらいなものは一号室で待つようになります。二号三号とだんだんレベルが落ちてきます。皆その部屋で待機します。その後1人ずつ呼び出され、ヤマ・ラージャ(死神・王様)のところにいきます。

ヤマという言葉がなまって、エンマとなり、閻魔大王と呼ばれるようになりました。ヤマラージャ(タウエースワン)は大きな百科事典を取り出して生前の行い(カルマ)を認識させられ、必要なカルマ解消を決められます。

そこからカルマ解消をする場所に連れて行かれる前に大きな湖のところに行きます。そこにはたくさんの人たちが湖の水を飲んでいます。そしてその水を飲むように進められます。その水を飲めば生前の人生をすべて忘れます。

しかし、それを拒めば、生前のことを忘れずにまた生まれてきます。前世を覚えているという人がごく稀にいるかもしれませんが、それは全くの嘘つきか勘違いをしています。そのような事を言う人は大抵は悪人とは考えられないので、勘違いだろうと思われます。もし、自分の過去世を覚えているならば、その途中の死んだ後のことまで全部覚えているはずです。しかし、残念ながらしっかり覚えている人はほとんどいません。

それぞれのカルマ解消のレベルに合わせた部屋に連れて行かれます。例えば釣りが趣味だった人は最低です。遊ぶために生きている立派な動物を殺します。遊ぶために生きている立派な動物を殺します。蚊やハエとは、わけが違います。もし、生涯の間に100匹の魚を釣って殺したとします。すると、100回顎に針を引っ掛けられ、引きずりまわされて、腹を裂かれて死ぬわけです。もうすでに死んでいるので、本当に死ぬことはありませんが、気を失うでしょう。そして、目が覚めるともう一度繰り返していくのです。

なぜ、このようなカルマ解消をするのかというと、生きているときにはできないカルマ解消を死んだ後に行うためです。生きているときには、このような殺され方は1回しかできません。だから死後、カルマ解消のために100回行われます。

女を弄んだカルマは垂直に立てられた長いさおの前で、鬼に槍でお尻を突かれます。痛くて仕方ないので、さおの上に登っていきます。槍が届かない所にまで登ったら、つかまっていたさおの部分が裂けて針となり、自分の体にたくさんの針が突き刺さり、痛さのあまり落下します。すると、また鬼にお尻を突かれて、上に登り、さおが裂けて針が突き刺さり、痛さのあまり落下する。このようなことを繰り返します。これが、女を弄んだ刑罰です。それぞれのカルマによって刑罰は異なります。

投稿日:2015年07月30日(木)


寿命とは死ぬ日のことを言うのではありません。寿命とはお迎えが来る日のことです。神様の方で年月日時間まで決めてあるので、それにしたがってあちらのほうからお迎えがくるのです。(身分の低い死神が勝手に決めて、魂を取りに来るわけではありません。)

ところが、人間の肉体はいとも簡単にほろびます。津波が来て、何万人という人が一度に死んでしまうというコトは、あらかじめ神様に決められているとは考えにくい。飛行機だって落ちればみんな一度に死んでしまいます。

このような天災や事故は、悪霊(bad spirit)によって引き起こされて、偶然に一度に死んでしまったのではないかと考えられます。肉体が滅びることと寿命が尽きることは全く別です。

寿命が尽きる前に肉体が滅びてしまうことがいちばん問題です。実は、最近はこのような人がたくさんいます。人の魂は悪霊(bad spirit)にとって、最高の好物です。悪霊がすごいスピードで増えているのです。これに対して長寿を全うした人は運命を生き抜いた立派な方たちであるといえます。

お迎えの死神たちは悪霊から守って閻魔大王(タウエースワン)のところに連れて行くためにやってきます。犬猫はお迎えがやってきません。魂が幼いので、悪霊には興味がないのです。

寿命よりも先に死んでしまったある人は、自分が死んだら墓に入ると思っていたので、ずーっとお墓の前に立っていました。(寿命よりも2年ほど早く死んでしまったようです。)普通のお迎えは金色の光でお迎えが来るのですが、寿命がまだ来ていない場合で赤い光でお迎えがきました。その人のためにお迎えを呼んであげたのです。

その人はお迎えに連れられて一時待避所に行きました。そこに行けば、悪霊に食べられずに寿命が尽きるまでみんな安全に過ごすことができます。その場所に集まった人たちは、肉体はなくなっても正式に死んだわけではありません。脳死状態であったとしても、寿命となってお迎えがこなければ、連れ戻して再び目を覚ますことは可能です。(連れ戻しの術:死んだひとを生き返らせるわけではなくて、肉体が仮死状態で魂があの世にいってない場合に生き返らせる可能性があるということ)

自殺した人のうち、多くの場合は悪霊(bad spirit)の影響で頭がおかしくなり、自殺に追い込まれています。そして、悪霊に食べられてしまうのです。食べられてない場合、お迎えを呼んで一時待避所に連れていけば安全です。

寿命がつきたら、死者の行くべきところに行けるようになります。死者を迎え入れる場所の番人が閻魔大王(タウエースワン)という神様です。

閻魔大王の身長は256kmです。いかなる悪霊・悪魔よりも強くて、そういったものから守ってくれる最強の神様です。タウエースワンの寺院に行くこと・またそこでタウエースワンの仏像のお守りを身に付けることは守っていただくことになります。bad spiritに食べられてしまった魂の中でどうしてもまた輪廻に戻す必要があるとタウエースワンが判断したならば、そのbad spiritを殺して魂を取り出し、輪廻に戻るように連れて帰ることも出来ます。死後の世界と生きている者の世界の境目で番をしている方です。

 

投稿日:2015年07月29日(水)


暑い季節は夏祭りとか、盆踊りで楽しく過ごしますね。日本の風習はとても素晴らしいです。

お盆は、一般に仏教の行事と認識されていますが、仏教の教義で説明できない部分も多いです。古神道における先祖供養の儀式や神事を、江戸幕府が庶民に強いた檀家制度により仏教式で行う事が強制され、仏教行事の「盂蘭盆(うらぼん)」が習合して現在の形が出来たとされます。

「盂蘭盆」の省略形として「盆」(一般に「お盆」)と呼ばれます。盆とは文字通り、本来は霊に対する供物を置く容器を意味するため、供物を供え祀られる精霊の呼称となり、盂蘭盆と混同されて習合したという説もあります。

中国文化では道教を中心として旧暦の七月を「鬼月」とする慣習があります。旧暦の七月朔日に地獄の蓋が開き、七月十五日の中元節には地獄の蓋が閉じるという考え方は道教の影響を受けていると考えられています。台湾や香港、華南を中心に現在でも中元節は先祖崇拝の行事として盛大に祝われています。

日本では8世紀ごろには、夏に先祖供養を行う風習が確立されたと考えられています。仏教によるお盆時期は1日から24日で、地蔵菩薩の法会は「地蔵盆」と呼ばれ、大日如来のお盆は「大日盆」といわれます。
地獄の王は閻魔王であるがその王と対になるのが地蔵菩薩です。

釜蓋朔日(かまぶたついたち)
地獄の釜の蓋が開くのが1日(ついたち)で、この日からお盆です。この日を境に墓参りなどして、ご先祖様をお迎えし始めます。

七夕、棚幡
7日は七夕ですが、そもそも七夕は棚幡とも書き、故人をお迎えするための精霊の棚とその棚に安置する幡(ばん)を供える日であり、その行為を7日の夕方より勤めたために棚幡がいつしか七夕に転じたそうです。お盆期間中に僧侶に読経してもらい報恩することを棚経(たなぎょう)参りといいます。

13日夕刻の野火を迎え火(むかえび)とよび精霊の棚の故人へのお供え物をします。16日の野火を送り火(おくりび)とよび故人をお墓へお送りします。

盆踊り
15日の盆の翌日、16日の晩に、寺社の境内に老若男女が集まって踊るのを、盆踊りといいます。これは地獄での受苦を免れた亡者たちが、喜んで踊るのを模したといわれます。夏祭りのクライマックスです。

地方によっては、お盆の期間中に、故人の霊魂がこの世とあの世を行き来するための乗り物として、「精霊馬」(しょうりょうま)と呼ばれるきゅうりやなすで作る動物を用意することがあります。4本の爪楊枝、マッチ棒あるいは折った割り箸などを足に見立てて差し込み、馬、牛として仏壇まわりや精霊棚に供物とともに配します。きゅうりは足の速い馬に見立てられ、あの世から早く家に戻ってくるように、また、なすは歩みの遅い牛に見立てられ、この世からあの世に帰るのが少しでも遅くなるように、また、供物を牛に乗せてあの世に持ち帰ってもらうとの願いがそれぞれ込められています。

北信州のこの地方では、おやきをお供え物する風習や、迎え火送り火の時に独特の歌を口ずさむ習慣があります。

目連伝説
本来的には安居(あんご)の終わった日に人々が衆僧に飲食などの供養をした行事が転じて、祖先の霊を供養し、さらに餓鬼に施す行法(施餓鬼)となっていき、それに、儒教の孝の倫理の影響を受けて成立した、目連尊者の亡母の救いのための衆僧供養という伝説が付加されたようです。

『盂蘭盆経』(うらぼんきょう)からのお話し

安居の最中、神通第一の目連尊者が亡くなった母親の姿を探すと、餓鬼道に堕ちているのを見つけた。喉を枯らし飢えていたので、水や食べ物を差し出したが、ことごとく口に入る直前に炎となって、母親の口には入らなかった。
哀れに思って、釈尊に実情を話して方法を問うと、「安居の最後の日にすべての比丘に食べ物を施せば、母親にもその施しの一端が口に入るだろう。」と答えた。その通りに実行して、比丘のすべてに布施を行い、比丘たちは飲んだり食べたり踊ったり大喜びをした。すると、その喜びが餓鬼道に堕ちている者たちにも、伝わり、母親の口にも入った。

(当時の比丘は酒を飲んだり、肉魚卵を食べたりはしておりません。当然ですが、精進のものを飲んだり食べたりしました。釈尊の目は厳しいですからね。悪しからず。)

投稿日:2015年07月27日(月)


The story of Amano-Iwato begins with the tale of the divine couple, Izanagi-no-kami and Izanami-no-kami,who give birth to the Japanese islands and various other kami in the time after heaven and earth become separated.

  Among their descendants were three venerable kami.  The first, Amaterasu-Omikami, whose name is a title literally meaning “great kami who lights the heavens”, is associated with Takamanohara, the Celestial plain. The second, Tsukiyomi-no-kami , is associated with the moon and the night and the third, Susano’o-no-kami, is associated with the sea.

  Of these three, Susano’o-no-kami did not properly tend to his duties and abandoned the sea despite being admonished. He then ascends to Takamanohara where he causes much mischief.

  Amaterasu-Omikami cannot bear his troublemaking, and takes refuge, hiding herself in a celestial  cave. Bereft of Amaterasu-Omikami’s natural brilliance, the celestial and terrestrial  world become dark and gloomy, and there is much confusion in the land.

   The kami gather to discuss how they might work together to solve this grave problem.  To coax Amaterasu-Omikami  out of the cave ,  they fashion a jewel , the Yasakani-no-magatama, and a mirror , the Yata-no-kagami and decorate a tree with these sacred objects.  Then they hold a matsuri, and performed a sacred dance in front of Amaterasu-Omikami’s cave.  Intrigued by the merriment , she peeks outside and eventually agrees to return to    the world, bringing back her peaceful light that harmony and order might be restored.

   Susano’o-no-kami ,regretting his mischief, descends to earth and slays the Yamata-no-orochi, a monstrous,eight-headed serpent, freeing many from its devastation.  After the serpent’s death , Susano’o-no-kami dedicates a special sword he discovers in the serpent’s tail , the Ameno Murakumo-no-tsurugi, to Amaterasu-Omikami.

須佐之男命の粗暴な行いに心を痛められた天照大御神。
悲しみのあまり天石屋にお隠れになられると、
世界は漆黒の闇に包まれました。
困り果てた神々は集まり、話し合い、
天照大御神にお出ましいただこうと
賑やかな「祭り」を行います。
各々の神の知恵や力を持ち寄って、
ついに天照大御神に天石屋よりお出ましいただくと、
再び世界に光が戻り、
平和で秩序ある世界が復活しました。

投稿日:2015年07月12日(日)


8月26日(水)から8月31日(月)にタイで開催されます。

どのような宗教・思想信条の方にも参加いただけます。儀式が成功し、この体験をした後で、人生・教育・科学・宗教に対する見方が変わった人は多いようです。

是非、こちらの動画をご参考下さい。

https://youtu.be/31X3eTXLekA

事前にツアーの説明会を7月18日(土)午後、岐阜県恵那市GIHUken ENAsiで行います。

私も参加致しますので、ご興味のある方、参加ご希望の方はお問い合わせ下さい。

投稿日:2015年07月06日(月)


  Shinto is a general term for the activities of the Japanese people to worship all the deities of heaven and earth,and its origin is as old as the history of the Japanese.  It was towards the end of the 6th century when the Japanese were conscious of these activities and called them ‘Way of Kami(the deity or deities)’.    It coincides the time when the 31st Emperor Yomei prayed before an image of Buddha for the first time as an emperor for the recovery of his illness.   Thus accepting Buddhism, a foreign religion the Japanese realized existence of a tradition of their own faith.

    After having gone through a long history since then,this indigenous faith,Shinto,has been developed into four main forms:  the Koshitsu Shinto (Shinto of the Imperial House),  the Jinja Shinto (the Shrine Shinto), the Shuha Sinto (the Sect Shinto), and the Minzoku Shinto (the Folk Shinto).

(The Jinja Shinto includes  Takehakobino jinja )

神道という言葉は、日本人には一般的で、天と地のすべての神を崇拝することを表します。そして、その源は日本民族の歴史と同じくらい古くからあります。6世紀の末から、このような崇拝を意識して、神の道と呼んでいました。このことは、仏教が知られていなかった時代に初めて、第31代の用明天皇の病気平癒のために祈りを捧げたことによって意識されるようになりました。このように外国の宗教としての仏教を受け入れたために、日本人は伝統的な自国の信仰の存在を実感しました。

この時から長い年月を経て、この日本固有の信仰・神道は4つの主要なかたちに発展してきました。
すなわち皇室神道、神社神道、宗派神道、民族神道です。

投稿日:2015年07月04日(土)